空飛ぶ弁護士のフライト日誌 京都法律事務所
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空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ─DAY11:「業界用語」の功罪 

                             機長:古川美和

 今日、事務所で「故あって」パソコンのシリアルナンバーを読み上げる機会があった (決して、パソコンを叩き壊してリカバリーディスクを買わなければならなくなったから、 なんてそんな愚かなことではありません、ええ、ありません)。ところがこれが、読み上 げると大変わかりにくい。「QQ9W3−4QH1I」などというようなナンバーを「キ ューキューきゅう、あ、これは数字の9です、で次はアルファベットに戻ってダブリュー でえ、次は数字の3、ハイフンで、・・・」ややこしいことこの上ない。そこでつい、昔 取った杵柄で「ケベック・ケベック・ナイン・・・」とやったらすかさず「何ですかそれ は」と笑われた。確かに呪文のようだが、これは立派な航空用語、というか無線用語なん である。  何を隠そう、私は「陸2(りくに)」=「第2級陸上特殊無線技士」、「航特(こうと く)」=「航空特殊無線技士」の2つの無線資格を持っている。グライダーには無線を積 んでるから、本気でフライトしようとする人は、まあ取った方がいい資格なんである。で、 そのギョーカイでは日本語の通信は「朝日のア、イロハのイ、上野のウ・・・」なんて具 合だし、アルファベットの通信は下の表のようになるのだ。

●欧文通話表

A  アルファ F フォックストロット K    キロー P   パパー U  ユーニフォウム Z  ズゥルゥー
B  ブラボー G      ゴルフ L    リマー Q  ケベック V    ヴィクター  
C  チャーリー H     ホゥテル M    マイク R   ロゥメオ W    ヴィスキー  
D    デルタ I    インディアー N ノゥベンバー S  スィアラー X   エックスレイ  
E    エコー J    ジュリエット O   オスカー T   タンゴゥ Y     ヤンキー  
 つまり、「sky clear(スカイ・クリアー、すなわち雲一つない晴天のこと) 」と通信しようと思うと、「スィアラー・キロ・ヤンキー・チャーリー・リマ・エコー・ アルファ・ロゥメオ」という具合。この呼び方は世界各国共通なので覚えてみてもいいか もしれない(何の役に立つかわからないが)。  で、航空部業界の人には大体においてこれが通じる。慣れてみると、意外と便利である。  横幅の広い滑空場では一つの河川敷に何本も並行にランウェイ(滑走路)を取っていて、 大抵は端からABC・・と名前が付いている。着陸するランウェイの指定も、単に「ラン ウェイB(びー)へ」とか言われるよりも、「ランウェイブラボー」と言われた方がピン と来る。  機体の愛称というか識別符号も、「WW」とか「M2」とかアルファベットか数字2文 字の組み合わせが付いていることが多いんだけど、これも「ウィスキー・ウィスキー」 「マイク・ツー」と読む。  間違いがなくてわかりやすい。そこで日常生活でも、例えば電話口でメールアドレスを 伝えるときなどつい使いたくなるのだが、(あっ、ギョーカイの人じゃないとわからない んだった)と残念なのである。  他につい出てしまう業界用語と言えば、「了解」。航空部は軍隊チックなところがある ので、指示が出たら必ず復唱了解、つまり指示を繰り返した上で、「了解」と言うのであ る。「古川、そこのP(ぴー)ちゃんとりあえず人係(じんけい)しといてー(翻訳:古 川くん、そこにあるPW−5という機体を人で係留、すなわち君が手でしばらく押さえて おいてくれたまえ)」「とりあえずじんけいりょうかーい!」、「阪大、したっ!(ごち そうさまでした)出発6時30分!」「6時30分りょうかーい!」という調子。「了解 」は今でも本当につい出てしまって、ともすれば右手も額の前でびしっと揃えてしまいそ うになるので、「おっとっと」と押さえないといけない。  それから絶対に便利なのが「交代」。人から人に物を手渡すときに、「確かに受け取り ましたよ」という合図で「こうたーい」と言うのは鉄則である。航空部では、機体の一部 とか部品とか、絶対に下に落としてはいけないものをやりとりすることが多いので、こう いうルールは必須なのだ。今でも自宅で電球の交換をする際など、配偶者が脚立に乗って 外した電球を私が下で受け取るときに、ついつい「こうたーい」と言いたくなるし、言っ てしまう。  でもこういう「その業界では当たり前なんだけど、他の人にとってはなじみのない言葉 」には功罪があるんですよね。  同じ業界、集団に属する人ばかりのときには、話が早かったり、連帯意識、帰属意識を 感じられていいんだけど、その言葉がわからない人が混じっていると、逆に疎外感、自分 はそこにいる資格がない、という感じを受けてしまう。  最近、とある業界の専門用語を「当然知ってるよね?」という感じで使われて、「えっ と、それってどういう意味ですか?」とは聞けなかった経験から、そういうことって気を つけないといけないな、と思ったのでした。                            弁護士 古 川 美 和 







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