1. 人体の不思議展を最終的に閉幕させるに至った顛末(その2)

人体の不思議展を最終的に閉幕させるに至った顛末(その2)

  展示されている人体プラストミック標本が本物の死亡した人の身体であるという事実は、実のところ、なかなか実感として理解することが難しいように思います。

  まず、言葉の意味ですが、標本とは、生物学・医学・鉱物学などで研究用または教育用とするために、個体またはその一部に適当な処理を施して保存したもの(広辞苑第6版2398頁)という意味であり、処理が施してあっても実物です。

 たとえば、蝶の標本を考えて見てください。
 夏休みの自由研究で、苦労して蝶の標本をつくった人もおられると思います。
 まず、最初にすることは、蝶の採集ですよね。
 つまり、蝶の実物を採集して殺してから標本づくりを始めるわけです。
 ですから、これは蝶の標本ですよと見せられて、それが偽物の蝶だとは誰も思いませんよね。

 そうすると、人体標本ということは、標本にするために人を殺すことがあるのかどうかは別にして、少なくともすでに死亡している人の身体を「採集」してきて、それから標本づくりをすることになるはずです。
 人体展に関わって、人体闇市場とか死体の売買というおどろおどろしい言葉が飛び交うのも、考えて見れば当然のことかも知れません。

  私自身、最初に人体標本と言われていたにも関わらず、また、主催者が一生懸命に本物の人体標本だと宣伝していたにも関わらず、標本という言葉から、本物という言葉から、実物の死亡した人の身体であるという理解ができていなかったように思います。
 死亡した人の身体って、血のりがあったり、腐敗臭があったり、もっと生々しいイメージがありますし、そもそも、まさか実物の死亡した人の身体を標本にしているなんて、想像の域をはるかに超えていたのだろうと思っています。

  その私が、あっ、本物だと実感したのが、インターネットを通じて視聴した映像でした。
 具体的にはNYタイムズフォトグラフ「大連の死体工場の調査」と、ABCニュース「人体展と中国の人体闇市場」でした。
 今でも視聴できるはずです。
 
 プラスティネーションという技術で標本にされる前の人の死体がホルマリン溶液の入ったガラスケースへ入れられている映像を見て、あっ、本物なんだと驚きました。
 自分の感性の乏しさというか、想像力の無さにも、ショックでした。
  と同時に、えっ、そんな、死体を営利目的で展示するなんて、あかんやろ、と思いました。
 それから、本格的に具体的な法的問題点の検討を始めたのです。

  ABCニュースは、人体標本は一体どこの誰で、どうして標本とされたのか、その由来についても様々な疑問があるという観点から報道されていました。

                        弁護士  小笠原伸児