「報告します!古川380(サンハチマル)搭乗、課目場周、よろしくお願いします!
重量重心位置は340ミリメートルで許容範囲内です。機外点検、機内点検ともに異常あ
りません。風防締めてよろしいですか?」―今も目を閉じて、いや、別にわざわざ目を閉
じなくても、ほんのちょっとリラックスして耳を澄ますと、すらすらと溢れ出す、そんな
言葉がある。学生時代、私が何百回、何千回となく耳にし、ときに心躍らせて、ときに緊
張のあまり声を震わせながら唱えた言葉だ。むんとする草いきれと、いつしか身体に染み
ついたグリースやガソリンのかすかなにおい、砂埃、そして目を上げると抜けるような青
い空に今しも生まれ出た、そして見る間に成長していく積雲のたまご――そんな、学生時
代だった。
大学に入って、新入生のクラブ勧誘でにぎわうキャンバスを歩いていた私が、ふと目を
引かれた看板は、「あなたも空を飛べる!―体育会航空部」。小さいころから「何か一つ、
願いが叶うとしたら?」と問われれば、「たくさん願いが叶いますように!」などと生意
気な答えをしたりはせずに、「空を飛べるようになりたい!」と答える子どもだった私は、
即座にその勧誘看板に飛びついた。今から10年以上も前の、桜が舞い散る春のことだっ
た。
そんな私も、今はこうして地に足つけて、醜いアヒルの子よろしく、いつか立派な弁護
士になるべく(いつになるやら)かさこそ地を這うような事件活動をやっている。そして
ときどき、空を見上げては、「あー、あの空飛んでたんだな。」などと思っている。
でもやっぱり、空を飛ぶあの感触を忘れたくない。真っ白い、艶やかな流線型をしたグ
ライダーの狭いコックピットに座り、キャノピー(風防)を締めたときのあの親密な感じ、
ワイヤーの索が装着されて出発を待つ、索が張って「ぐん!」と軽い衝撃が来る。「38
0、出発!」プレストークスイッチを押して無線を入れる、やがて来る強いG、『からだ
がフワリと』軽くなり、視界が空だけになる、ぐんぐん上昇していく、もっと高く、もっ
と高みへ!!あの高揚感、緊張感を、忘れたくないし、こうして書いていると、やっぱり
身体に染みついているんだな、と思う。なので、月に一度、パソコンに向かって、空一色
だったあのころと、地を這う、それだけにやりがいのある今の弁護士の日々を結んでみた
いと思う。
はてさて、いかなるフライトになりますやら。当機、機長は、弁護士の古川美和でござ
います。これからの空の旅を、どうぞよろしくお付き合いくださいませ!
弁護士 古 川 美 和