1. 空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ─DAY8:グライダーの限界・時間編2 機長:古川美和
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

 ・・・さて,前回の続きで,聞くも涙,語るも涙の「5時間滞空ものがたり」。あれは,
大学3回生の2月のことでした。群馬県は渡良瀬川(足尾銅山の鉱毒事件で有名ですね)
の河川敷にある板倉滑空場で,10日間の強化合宿に参加していた私。この時期の板倉は
とっても気象条件が良くて,毎年長距離フライトや長時間滞空の記録が出るところで,私
も張り切って合宿に臨みました。
 滞空2時間という「銅章」の条件は既に達成していた私にとって,最大のねらいは「銀
章」の要件である滞空時間5時間。気象の勉強や上昇気流が出やすい場所の研究はもちろ
んのこと,寒さ対策も欠かせません。ダマールの下着に毛糸の腹巻き,登山用の純毛靴下,
ホッカイロ(ただしホッカイロは,上空に行くと酸素が少なくなるせいか,高々度では発
熱せず,役に立ちません)。
 そして・・・何より例の対策,大人用紙オムツ。いや,だってどうにもトイレがガマン
できなくなったら最後,漏らすよりはいいじゃないですか。スーパーマーケットの中の薬
局で「アテント」を購入する私。店員さんの「まあ,・・・若いのに,大変ねえ」といっ
た感心の眼差しに「いや,あの,私が自分で使うんですけど・・」とも言えず,ささっと
お金を払い,自宅で試しにはいてみました。でも,うーん,やっぱり抵抗があってどうし
ても放尿まではできません。(ま,いざ緊急事態になったときの備え,ということで・
・)と納得させて5~6枚を合宿カバンの中へ。

 そうして迎えた合宿中日,西高東低冬型の気圧配置が少しゆるみ,寒気は入って来てい
るけれど風はそんなに強くないという,絶好の滞空日和。空にぽこぽこ「美味しそうな
雲」=上昇気流がありそうな雲が出始めた午前11時前,下着や上着,マフラーに毛糸帽,
靴下2枚履きでぶくぶく気ダルマになった私はよちよちと愛機に乗り込み,離陸します。
ズボンの下にはもちろん,例の紙オムツ。
 最初のころは上昇気流もまだ小さく,見つけて上がるのに苦労しますが,ここで降りる
わけにはいきません。グライダーは全部で6機,合宿に参加しているのは20人近くです
から,降りてしまえばフライトの順番は他の人に回ってしまい,その人が飛んでいる間私
はもう乗れないので,必死です。そのうちサーマルトップ(上昇気流が頭打ちになる高
度)も1500m,2000mと順調に上がり,雲底(そこまでは少なくとも上がれる)
2400mのバリバリ好条件に。12時,13時と余裕で跳び続けますが,だんだん身体
は冷えてくる。特に足,計器板の下にラダー(方向舵)のペダルがあるんですが,ペダル
を踏む足は計器板に隠れ,日が差さない。しかも午後遅くになってくると,対流の層が上
に上がってきて,低い高度ではなかなか上昇気流が見つかりませんから,必然的にずっと
雲の下に張り付いて飛んでいる。すると雲の影になって日が当たらない,これがめちゃく
ちゃ寒いんですね。
 機内に設置されている温度計は,マイナス10度を指してます。足はかじかんで感覚が
ない。仕方がないので雲の下から少しだけはみ出て,足のペダルを踏まなくてもいいよう
に,ゆるーいバンク(機体の傾き)で緩旋回しながら,足を計器板の上に出す(車で言え
ば,運転手がペダルから足を離してダッシュボードの上に足を載せてるみたいな状態で
す)。そのとき足に当たった,日光のじわ~んとした暖かさと言ったら!「太陽エネルギ
ーはすごい!!」と実感しました。
 そしてやはり耐えられなくなってきた,尿意。雲の下にいるときは必死でお尻を強ばら
せ,雲から出て太陽が当たると「ほわ~~ん」,少し楽になる。でもまた雲の下に入ると
「う゛うーーー」。トイレ,トイレ,トイレのことしか考えられない。せっかく紙オムツ
してるんだから,楽になってしまいたい!でもやっぱり使用感,臭い,いろんなこと考え
るとそんなことできない(だってお嫁入り前だもん!)。悶々とし続ける私の耳に飛び込
んできた無線,「えー,板倉ピストよりJA2304(私が乗っていたグライダーの機
番),5時間滞空達成,おめでとう!!」やったやった!!もう駄目かと思った!
 そうして,エアブレーキ全開で矢のごとく地上に降りた私は,車で送ってもらって何と
かトイレにたどり着いたのでした。あー良かった。

 かくのごとく,私の滞空5時間は無事達成されたのですが,その同じ日にあったもっと
凄い話。その合宿は,私が行っていた大阪大学とは伝統的に宿命のライバルである名古屋
大学(名阪戦,というのもあります)と合同でやっていたのですが,その名古屋大学の1
つ上の先輩も,同日に5時間滞空を達成。と言ってもその先輩はオーストラリアで既に5
時間飛んで来ていたので,別に無理して5時間飛ぶ必要はなかったんですが,先輩いわく,
「だって,カナスギ(私の旧姓です)が絶対5時間やると思ったんやもん。先輩やのに負
けたら悔しいやん」。ガッツの先輩は,上空でトイレがガマンできなくなり,持っていた
タオルを当てて少し「してしまった」そうです。「ええっ?!先輩,そいでどうしはった
んですか?」「小窓からタオル外に出して,絞ったんよ」。その絞った水滴は,すぐ後ろ
にある主翼の前面に飛び,あまりの寒さにすぐにビチビチッと凍り付いてしまったそうで
す。「下に降りてくる途中でそれも溶けて飛んでいったけどな。」豪快に笑うそんな先輩
が素敵でした。あ,もちろんその先輩も女性です。

 ちなみに,私の最長フライトはその後オーストラリアで更新され,7時間半くらいのフ
ライトも経験しました。でも,いくら空が好きで,どれだけ空を飛んでても苦痛じゃない,
という私でも,やっぱり生理現象には勝てないですね。もっともそれなりに不貞不貞しく
なった今なら,大人用紙オムツも抵抗ないのかもしれませんが・・・。

                  弁護士  古 川 美 和