1. 空飛ぶ弁護士のフライト日誌─DAY13:トイレ問題  機長:古川美和
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

 突然ですが,何を隠そう,わが事務所のトイレは,男女共同である。だから,何も考えずにドカーンと戸を開けると1m先で男性が用を足していらっしゃって,「あ,すいません!」と戸を閉めたりして。まあ年も年なので私の方は顔をぽっと紅く染めたりすることもないんだけど,気の毒なのは「はあ~」と弛緩していたところが「ドキーン!」と収縮せざるを得ない男性の方である。
 見かけによらずそーゆーことには細かいうちのダンナ(同業者)は,「あなたの事務所は,いいんやけど,トイレがなあ・・・」などと言う。また,いつだったか事務所に修習にきていた司法修習生(司法試験に受かって,裁判官・検察官・弁護士のいずれかになるために実務の研修をしているインターンのようなヒトたちである)の男の子が,「古川先生は,女性の権利として『トイレは男女別にしろ!』とか,事務所に入るときに言いそうですけど,言わなかったんですか?」とのたまった。
 ・・・そうか,そういう視点もあったか・・。というほど,当の私はまーったく,気にならなかったのである。それもこれも,航空部時代のトイレ事情が酷すぎたせいだ。

 入部当初,木曽川滑空場の宿舎には,トイレは一つしかなく,もちろん男女共同だった。階段の下のスペースに設けられたそれは,極端に天井が低く,入り口にはドアもない。一段高くなっているそこに足を踏み入れると,すぐ右手に洗面台,その30cm奥に男性用の小便器が2つ,15cmほどの簡単な仕切で隠されて並んでいる。入って左手に,和式の個室が3つ並んでいる。蛍光灯はいつも切れ気味で,ちらちらほの暗い。今はさすがに下水道が設置されているだろうけど,当時はぼっとん式だった。これ以上条件の悪いトイレというのも,今の日本では結構珍しいと思うような代物である。
 そのトイレを,社会人である教官から学生まで,男女含めて,夏場は最大40~50人くらいが使用する。しかも,朝6時に起床してから,宿舎を出発するのは6時35分~40分。その短い時間に,顔を洗って朝食を食べて,トイレも済ませて,つなぎ服に着替えて,機材も積み込んで出発するんだから,トイレは半ば戦場と化す。女性が男性とかち合って「きゃ!」なんて言ってられないのである。
 それから前回もお話したが,ランウェイに設置されたトイレは,軽トラックの荷台に簡易トイレが積んであり,下の容器に屎尿が貯まるようになっているという通称「ババトラ」が使用されていた。これも,見た目といい臭いといい,ものすごい代物だった。女性にとってはトイレは合宿における試練ナンバー・ワンだったのである。
 しかし,私の場合は「ブッシュ・イン」という裏技があった。ウインチ側でウインチを操作してグライダーを曳航しているときなど,適当にちょちょっと抜け出して(これもなかなかテクニックがいることなんだけど),「ブッシュ」と呼ばれるランウェイ脇の藪の中でさっと用を足してしまうのである。このときは,他のウインチマンらがブッシュ・インした形跡を踏まないように注意深く藪を踏み分けていかなければならないが。

 そんなこんなで,たくましく鍛えられた私は,事務所の男女共同トイレなぞには動じもしないようになってしまった。これはある種の進化なのか,はたまた女性らしさの(或いは権利意識の)退化なのかは,神のみぞ知る,である。