1. 空飛ぶ弁護士のフライト日誌─DAY22: 対抗力とは? 機長:古川美和
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

 私が司法試験に挑戦しはじめたのは、26歳のときである。私は文学部卒業なので(航空部卒業、と言ってもいいほどだけど)、そのときまで接したことがある法律といえば、道路交通法と、航空法だけだった。
 その私が、司法試験の勉強をして、「おお~、ナルホド、そうだったのか!」と膝を打った最大のこと。それが、「対抗力」なる言葉の意味、なんである。

   (対抗力)
   第三条の三 登録を受けた飛行機及び回転翼航空機の所有権の得喪及び変更
        は、登録を受けなければ、第三者に対抗することができない。

 これは航空法の「第二章 登録」にある、条文の一つなんですが、皆さん、この条文を読んで、意味するところがわかります?私は全然わかりませんでした。

 「航空法」は、自家用操縦士(自動車で言うなら、「第一種免許」のこと)の学科試験や口述試験の科目になっているので、資格を取るときには必ず必要だし、その上私は「操縦教育証明」という、自家用操縦士を取る人を育てる教官の資格(自動車で言うなら、教習所の教官ですね)も取っているので、人に教えられるくらい航空法に詳しくなくてはならない。
 で、当然全部の条文を勉強したんだけど、「対抗力」が何かはわからなかった。そんなことは先輩から代々受け継いでいる資料にも書いてないので、「まあよくわからんけど、フライトをするに当たってはさして重要な条文でもあるまい」ということで、そのまま放置していたんです。

 その後、司法試験のため「民法」の勉強を始めたとき、再び出会いました「対抗力」。つまり、こういうことなんですね。
 民法176条には、「物権の設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる。」とあります。例えばAさんが「自宅を2000万円でBさんに売りましょう」と言い、これを聞いたBさんが「わかりました、買いましょう」と言って2000万円を支払った、これでAさんの自宅はBさんの物になったことになります。
 でも一方、民法177条にはこうも書いてあります。「不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。」この場合、AさんとBさんは、自宅の売買についての当事者ですから、ここでいう「第三者」には当たりません。だからBさんはAさんに対して、特に登記などはしなくても、「あなたの自宅は、私が買ったんだから、私の物だよね」ということを主張することができます。
 ところが、Aさんが、Bさんの他にCさんにも「自宅を3000万円で買いませんか」と持ちかけ、Bさんから2000万円をもらった後に、Cさんに自宅を売ってしまった。そしてCさんが、さっさと「自分がAさんの自宅を買ったので、自分が所有者だ」という不動産登記をしてしまったとしたら、どうなるでしょう。
 もちろん、AさんがBさんに自宅を売って2000万円をもらった時点で自宅の所有権はBさんに移っていますから、そもそもAさんがその後さらにCさんに自宅を売ることはできません。でもBさんは、Aさんに対しては「酷いじゃないか。その自宅は僕に売ってくれた物でしょう!」と言えますが、登記をしていない以上、「第三者」であるCさんには、「僕は君より前にAさんから自宅を買ったんだから、本当は僕が自宅の所有者なんだ」ということを言えないんです。
 これが、「Bさんは、第三者Cさんに対して、自分が所有者だと主張することができない」、つまり「対抗力がない」ということなんですね。

 で、航空法に戻ると、航空機というのは「不動産」ではないから、本来であれば民法177条の言う「不動産に関する物権の得喪及び変更」には当たらないけれど、まあ高価なものだし、登記と同じような「登録」という制度を置いて、登録しなければ自分の飛行機だということを他の人に主張できないよ、というのが「対抗力」航空法第3条の3の意味、というわけなのです。

 たまには(というか初めて)、法律に関連した話題をご提供した今回の「かわら版」でした。