2015年9月21日付け京都新聞に「増える『ミニマリスト』」というタイトルの記事が掲載されていた。
「ミニマリスト」・・・初めて聞いた言葉だった。
英語のミニマル(最低限の)からの造語で、生活に必要最低限の物しか持たない人たちのことをいう。
節約のためではなく、身の回りの物をできるだけ減らすことで、仕事や趣味に集中して生活の質を高めようという考え方で、若者を中心に広がっているとのこと。
「片付け」や「断捨離」というと、主婦が中心のような期がするが、「ミニマリスト」は結構男性にも広がっているよう。
更に、企業がこうした考えを取り入れる事例もある。
そんな生活は私の理想だ。
でも、現実は、「断捨離」すらできず、たくさんの「いつか使うかもしれない物」と一緒に生活している私は「ミニマリスト」とはほど遠い。
今はただ、「ミニマリスト」たちのブログを畏敬の念を持って読むだけの日々である。
2015年9月アーカイブ
2015年9月19日午前2時過ぎ、多くの国民の「違憲」「廃案」「反対」の声を押し切って、安保法案は、参議院で強行可決された。
最終盤、元最高裁長官や元最高裁判事、元裁判官など、それまで政治的発言を控えていた人たちまでもが、思いあまって、とうとう「安保法案、違憲、反対」の声を上げたが、政府与党は、これを無視した。
しかし、今回、安保法案反対に立ち上がった、高校生、若者、ママ、高齢者など幅広い層の人たちは、「今からが民主主義の新たなたたかい」として、来年夏の参議院選挙に向けて、次の運動を開始した。
ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京大名誉教授らの「安全保障関連法に反対する学者の会」(賛同者1万4120人)は、翌20日、東京都内で171人が参加して記者会見をし、「違憲立法を許さず、廃案に追い込む運動を進める」と抗議声明を発表した(2015年9月21日付け京都新聞)。
今回、私たちは、学生時代に憲法の教科書で習ったような「権力者の横暴」を現実に体験した。
よって、三権分立における司法の役割はとても重要だが、残念ながら「憲法裁判所」という制度がない日本では、具体的事件を伴わない、法律そのものの合憲違憲の判断を司法がするしくみはない。
やはり、主権者である国民が、主権を行使することが、今、最も求められている。
6月22日付けのブログで、歯茎の痛みと腫れについて書いた。
その翌週、10数年ぶりに歯科医を受診したところ、やはり歯周病だった。
毎朝毎晩必ず歯を磨き、毎日フロスもしているのに、なんで・・・?という思いだったが、甘い物好きなので仕方がないか。
その後、歯周病の治療を続け、それが終わった後は、10数年前に治療した虫歯の再治療をした。
虫歯の再治療は、歯につめてあるものを取り出して、つめなおすというもので、取り出す時は、神経に触ったりし、痛みで涙が出た。
その治療も昨日、終了した。
10数年前に虫歯治療をした時、心をいれかえて、それ以降、毎日フロスを使用するようになったが、今回の治療をきっかけに、再度、心をいれかえて、より一層、時間をかけて丁寧に磨くことを心がけようと思っている。
年を重ねても、できるだけ自分の歯で物を食べたいからね。
(女性弁護士の法律コラム NO.210)
9月7日付けの法律コラムでも書いたが、10月5日から、いわゆるマイナンバー法が施行されるということで、配偶者と別居し、住民票の住所地に居住していない人たちから色々と心配する声が寄せられている。
マイナンバーの通知カードは、10月5日以降、住民票の住所地に世帯ごとに簡易書留で送付されることになっている。
「やむを得ない理由で住民票の住所地で受け取ることができない方は、8月24日から9月25日までに、居所情報登録申請書を住民票のある住所地の市区町村に持参又は郵送してください」と広報されているが、いったい、どのくらいの人が、この広報の内容を知っているのだろう。
9月25日はもうすぐだ。
私の依頼者の中には、新聞も読まないし、テレビもあまり観ないという女性がいる。
彼女も住民票を住所地に置いたまま別居しているので、メールで連絡した。
また、元依頼者の中には、離婚せず別居のままという女性もいるので、久しぶりに電話をかけてみた。
彼女は、既に居所情報登録申請書を提出し認められたと言っていたので安心した。
彼女は、言葉によるDVで自宅を離れ、確か、警察などには相談に行っていないはず。
そこで、「DV被害者としての公的な証明がなくても、申請は認められたの?」と尋ねると、詳しく別居した事情を説明し記入したら認めてもらえたと教えてくれた。
DV被害者として、警察や配偶者暴力相談支援センターなどの証明がなくても、きちんと事情を説明すれば、申請は受理されるよう。
これも安心した。
ただ、行政のミスでDV被害者の居所が漏れることも頻発しているので、居所登録情報申請書を提出したくない人もいるだろう。
そのような場合には、後日、身分証明書を持参して、住民票の住所地の役所に直接受領しに行くしかないであろう。
個人情報保護の観点からはとても問題の多いマイナンバー制度にふりまわされるのは、とても腹立たしい。
ただ、とりあえず、周囲に別居している人がいたら、これらの情報を教えてあげてくださいね。
(女性弁護士の法律コラム NO.209)
「私は、中立公正を本質とする最高裁の判事の職にあったことを考慮し、単なる政策の当否に関する政治問題については、発言を控えてきました。」
「しかし、国を運営する元となる憲法の大原則に深刻な変更が加えられるとすれば、全く別の問題になります。」
「法律家として、いうべきことをきちんという社会的責任がある、と考えます。」
こう語ったのは、2006年5月から2012年2月まで最高裁判事であった那須弘平さん。しんぶん赤旗のインタビューに答えた(2015年9月8日付け)。
那須さんは、
一内閣の閣議決定で憲法解釈を変更するには限界があり、集団的自衛権行使は違憲といわざるを得ない、
尖閣列島や北朝鮮などの問題は、外交で解決すべき問題である、
憲法前文は、「日本が不戦を約束した誓いの言葉」であり、アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に匹敵する、
憲法の理念が破壊されようとしている今、前文の誓いを十分に果たしたと言えるか、国民一人ひとりが自身の良心に問うてみる必要がある、
などと語った。
参議院での安保法案審議が、来週にもヤマ場を迎えると報道されている。
主権者である私たち国民一人ひとりが、大きな反対の声をあげましょう。
(女性弁護士の法律コラム NO.208)
昨年10月に、最高裁が「妊娠による降格は男女雇用均等法が原則禁止しており、本人の同意がなければ違法」と初めて判断したことをうけて、厚生労働省は、今年3月末、育児休業の終了などから原則1年以内に女性が不利益な取り扱いを受けた場合には、直ちに違法と判断することを決めました。
そして、9月4日、厚生労働省は、妊娠を理由とした解雇をやめるよう求めた勧告に従わなかったとして、男女雇用機会均等法に基づき、看護助手の女性を解雇した茨城県内の病院名を公表しました(2015年9月5日付け京都新聞朝刊)。
マタニティーハラスメントで企業名を公表をするのは、初めてです。
勧告に従わなかった病院は、茨城県牛久市の「牛久皮膚科病院」です。
看護助手の20代女性が、院長に妊娠を報告したところ、約2週間後に「妊婦はいらない。明日から来なくていい」と突然解雇を告げられたそうです。
この病院は、労働局から口頭や文書で指導されても、解雇を撤回せず、厚生労働大臣が初の勧告を行いましたが、「均等法を守るつもりはない」などと答えたため、企業名公表に踏み切ったとのことです。
マタハラがこれほど社会問題化しているにもかかわらず、まだまだ職場の中ではマタハラが横行していることを痛感しました。
企業名公表が、マタハラは違法であることの認識を広めることやマタハラ抑止に働くことを期待します。
被害にあった場合には、 泣き寝入りせず、声をあげていくことが大切ですね。
(女性弁護士の法律コラム NO.207)
とうとう、元最高裁長官の口からも、安保法案は「違憲」の発言がなされた。
元最高裁長官山口繁氏は、8月3日、共同通信の取材に応じ、安保法案について「集団的自衛権の行使を認める立法は憲法違反と言わざるを得ない」と述べた(2015年9月4日付け京都新聞朝刊)。
山口氏は、1997年10月から約5年間、最高裁長官を務めた。
政府や与党が1959年の砂川事件最高裁判決を法案の合憲性の根拠として持ち出していることから、私は、最高裁判事経験者は、このような政府の見解をどのように思っているのだろう、元裁判官は誰も発言しないのだろうか、などとずっと思っていた。
多数の憲法学者が「違憲」と指摘されていることについて、高村自民党副総裁は「憲法の番人は最高裁であり、憲法学者ではない」と強調した。
しかし、ここに来て、その「憲法の番人」である最高裁の元長官が初めて意見を表明した。
画期的なことだし、それほどまでに現在の政府や与党のやり方が無茶苦茶だということの現れだ。
山口氏は、砂川判決に関し、当時の時代背景を踏まえ「集団的自衛権を意識して判決が書かれたとは到底考えられない。憲法で、集団的自衛権、個別的自衛権の行使が認められるかを判断する必要もなかった」と語った。
更に、
従来の解釈を変えるなら「憲法を改正するのが正攻法」
こうした憲法解釈変更が認められるなら「立憲主義や法治主義が揺らぐ」
などとも述べた。
政府・与党の独裁政治に、多くの人が声を上げ始めている。
安保法案が廃案しかないことは明らかだ。
高山利夫弁護士(39期)が、8月6日、急逝された。
帰宅途中の電車の中で体調不良となり、そのまま帰らぬ人となった、とのこと。
58歳。
若すぎる突然の死亡に、気持ちの整理がつかないのは、おそらく私だけではないと思う。
高山弁護士とは、私が2011年末まで在籍していた京都法律事務所で、長年、同僚弁護士として、仕事を共にしてきた。
彼が京都法律事務所に入所した時の事務所報の自己紹介文に、彼は、次のように書いた。
「働く者の権利を守るためには命を賭けなければならなかった戦前に『生きべくんば民衆のために』と頑張り抜いた自由法曹団の先輩弁護士達と、宮澤賢治の『雨ニモ負ケズ』の人間像、これが究極の弁護士像だと私は思っています」
「働く人達の権利と民主主義を、働く人達と一緒に守る弁護士でありたいと思います」
「刑事事件についても執念をもってやろうと思っています。刑事事件は、どんな事件であっても常に人権にかかわるものだと思うからです」
など。
彼のことを思い出しながら、事務所報を読み返すと、彼の28年間の弁護士人生は、上記の「初心」がずっと貫かれていたと確信する。
タクシー労働者の労働事件、賃金差別事件、刑事冤罪事件などなど、共に関わった事件は、数多くあるが、彼は、常に、事実を丁寧に拾いあげ、先を見通し、決してブレず手を抜かず、事件に取り組んでいた。
私が仕事や人間関係などでしんどくなると、時々、愚痴を聞いてもらったりもした。
そんな時、華々しくパーッと活躍し、その後は疲れて消えていくより、地道で愚痴を言いながらもずっと信念を貫いた方がいいよね、などと互いに励まし合ったりもした。
事務所を離れてから、しばらくは共同で関わっていた事件があったが、最近は、あまり顔を会わせなかったので、今でも、亡くなったという実感が持てないでいる。
心からご冥福をお祈りします。