1. 2021年11月

2021年11月アーカイブ

紅葉の涸沢カールへ

今、京都市内は、どこも紅葉が見頃となり、コロナの緊急事態宣言が解除されたこともあって、どこの観光地もたくさんの観光客でにぎわっている。

 

他方、北アルプスなどの2000~3000m級の山々の紅葉の最盛期は9月末から10月初め頃である。

今年は、夏山に行けなかった分、いくつかの秋山を思う存分楽しむことができた。

 

その1つが涸沢カールの紅葉。

涸沢カールは、北アルプスの北穂高岳や奥穂高岳など3000m級の山々に囲まれた、氷河によって削られた円形の地形で、とりわけ紅葉は日本一と言われている。標高は約2300m。

上高地から約6時間ほどで行くことができ、上高地から横尾まではほぼ並行歩き、横尾から涸沢までの登山道もよく整備されている。

前に秋の涸沢カールを訪れたのは、もう約20年ほど前。

久しぶりに涸沢の紅葉を見てみたかったことと、2021年5月26日付けブログに書いたが、北穂高岳登山中に行方不明になり危難失踪宣告が認められたSさんの骨が発見されたということもあり、その追悼の意味も込めて、再び行ってみたいと思った。

 

10月10日は徳沢ロッジ泊、翌11日はSさんも宿泊された涸沢ヒュッテ泊。

紅葉はやや見頃が過ぎているかなと思われたが、それでも快晴の空の下、ナナカマドやダケカンバの黄色や赤色が美しい。

 

 

下の写真は、Sさんが向かった北穂高岳の登山道。

このどこかでSさんは眠っている。合掌。

 

 

 

 

12日午前の下山は予報どおり雨に降られたが、紅葉の涸沢を満喫できた。

 

帰宅してしばらくして、新聞で、10月初めに涸沢カールに行ったという70歳の女性の投稿記事を読んだ。

彼女は、涸沢カールで連泊し、1日目は北穂高岳を、2日目は奥穂高岳は、それぞれ日帰りで登ったと書いていた。

う~ん、すごい体力!私もまだまだ負けていられない。

「行動する文学者」瀬戸内寂聴さんの死を悼む

2021年11月11日、瀬戸内寂聴さん死亡(9日逝去)の報が流れ、少なからぬ人が衝撃を受けたと思う。ネットニュースで体調不良は伝えられていたものの、何事もなかったかのように快復されて、来年5月には満100歳の誕生日を迎えられるものと思っていた。

 

このブログでも、過去3回、瀬戸内さんのことを書いており、私にもそれなりの思いがある(検索欄に「瀬戸内寂聴」と入力してください)。

 

ご存知のとおり、瀬戸内さんは、京都の嵯峨野に住んでおられた。

残念ながら法話を聞いたことはなかったが、「憲法のつどい」などの講演会で話を聴く機会はあった。

東北大震災の被災地訪問・原発反対・安保法制反対・平和を守る取り組みなど、80代90代の高齢になっても、ハンガーストライキや国会前の座り込みに参加されるなど、常に自らを闘いの場に置き積極的に発言されてきた。

信念を貫いた、本当に頭が下がる生き方だった。

瀬戸内さんが原発反対の集会で語った「すぐに政府が変わるとは思わない。それでも集まらなければいけない」という言葉があらためて心にしみる。

 

ところで、以前に所属していた事務所(京都リバティス法律事務所)があった同じ堺町通りに、瀬戸内さんの別宅「羅紗庵」がある。

丸太町通りをはさんで、ちょうど京都御所の堺町御門の真向かいだ。

瀬戸内さんは、毎年、葵祭の日には必ずここに来て、家の中から祭りを見物すると、以前、京都新聞に書いておられた。

 

 

 

 

この「羅沙庵」の裏には、時々ランチを食べに行く店「奏」(かなで)がある。

今日は、瀬戸内さんを偲ぶという気持ちで、「羅紗庵」の前を通って「奏」に行った。

ランチを食べながら、若い女性店主と話していると、なんと店主は「羅紗庵」の内部を見せてもらったことがあると言っていた。

庵の中は、かなり手のこんだ造りとなっているらしい。

 

左が「羅紗庵」の南側、右が「奏」。

 

 

 

主を失い、この「羅紗庵」もどうなるのだろう・・・

 

 

 

 

 

中国人は「麻雀」がわからない!?

最近の若者は麻雀などしないのでは?と思っていたら、東大卒業・元弁護士の新進作家新川帆立さん(女性)はプロ雀士というから驚きである。

 

私たちが大学生の頃の男子学生の遊びは専ら麻雀だった気がする。

他方、私も含めて女子学生は麻雀はしなかった。

でも、私の両親は私が小学生の頃、時々、近所の知人と麻雀をしたりしており、家にも麻雀パイがあった。正月などは家族麻雀をしたこともあり、私も並べ方はおおよそ知っているので、司法修習時代には同期の麻雀初心者の修習生らと一緒に遊んだこともあった。

 

話は変わるが(ここからがメイン)、麻雀が中国伝来の遊びであることは公知の事実である。

でも。その中国人が「麻雀」がわからない、ということを今朝のHNKテレビの中国語講座で初めて知った。

実は、中国では、麻雀という単語を使わないのだ。

テレビでは、中国人が日本で「麻雀」の看板を見て、なぜ日本人は雀を売っているのだろうと思ったところ、実は「麻雀」屋だったというストーリー。

中国語では、麻雀は「麻将」と言う。

麻雀はアメリカ人バブコックが海外に広めたとのことで、当時は、中国でも「麻雀」「麻将」などいくつかの言葉が使用されており、バブコックが「麻雀」という言葉を使ったため、日本では「麻雀」となった。

 

日本では、脳の老化防止として、カルチャーにおいて「健康麻雀」教室が開かれ、熟年の女性受講者も多く人気のよう。

私の元依頼者女性は70代で「健康麻雀」教室の講師をしていると言っていた。

最近の若者はスマホゲームにはまっているようだが、古くからある麻雀というゲームは、あらためて考えると、よくねられた、すぐれたゲームだと思った。

 

 

 

 

 

 

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