「以上認定した自衛隊の編成、規模、装備、能力からすると、自衛隊は明らかに・・・憲法第9条第2項によってその保持を禁ぜられている『陸海空軍』という『戦力』に該当する」
1973(昭和48)年9月7日、札幌地裁(福島重雄裁判長)で言い渡された、この判決は、長沼第一審判決と呼ばれ、戦後、唯一の自衛隊違憲判決である。
大学の教養部の「憲法」の講義の中で初めて知り、その後、学部の「憲法」の講義でも聴き、更に、司法試験の受験勉強の中でも学んだ。
長沼事件とは、北海道夕張郡長沼町の馬追山にできる地対空ミサイル基地(現、航空自衛隊長沼分屯基地)の予定地について、国有保安林指定を国が解除したため、長沼町民が保安林指定解除処分の取消と自衛隊の違憲性を求めて争われた行政訴訟である。
また、札幌地裁の平賀健太所長(当時)が「農林大臣の裁量を尊重すべき」と、訴訟に介入する内容の書簡(いわゆる「平賀書簡」)を送ったため、「司法の独立」への侵害として問題化したことも、大学で勉強した。
判決言い渡しから今年9月7日で50年を迎えるということで、同日付け朝日新聞朝刊で、当時、裁判長であった福島重雄さんの記事が掲載されていた。
同記事によると、福島さんは、現在、93歳。郷里の富山県で弁護士をされているとのこと。
自衛隊は、憲法9条2項が禁じた「戦力」なのか。
採用した証人は、実に24人。
福島さんは、憲法76条が保障する司法の独立に従い、自衛隊を「戦力」と断じ、保安林指定解除は公益性がなく違法と結論づけた。
これに対し、控訴審の札幌高裁判決は、訴えを門前払いとし、最高裁も自衛隊の憲法判断には触れず、上告を棄却した。
これ以降、現在に至るまで、自衛隊についての憲法判断は1度も出されていない。
長沼地裁判決は、戦後唯一の自衛隊違憲判決として、国の政策に対し、大きな「重し」となっていることは間違いないものである。