1. 岡根弁護士のぼやき論壇

岡根弁護士のぼやき論壇

袴田事件再審公判で無罪判決

袴田さんが、58年前から殺人犯人に仕立て上げられ、死刑判決を受けていた事件で、再審開始が決まり、改めて静岡地裁で裁判が行われています。その事件の判決が9月26日言い渡されました。「被告人は無罪」

判決では、袴田さんが無理矢理言わされた自白調書を実質的に捏造であるとして証拠から排斥し、有罪の決定的な証拠とされた5点の衣類(犯行時の着衣とされていた)については捜査機関による捏造であるとして証拠から排斥しました。また、犯行時の着衣の中のズボンに関し、袴田さん宅から見つかった共布も捏造だと判断されました。その上で、他の証拠だけでは、袴田さんを犯人とは言えないとして、無罪の判決となりました。

当然のことである、とはいえ、その判決を得るのに、事件から58年、最初に再審開始の決定が出てからでも10年の年月がかかってしまっています。袴田さんは88歳になられ、支え続けてこられた姉のひで子さんは91歳になっています。

しかし、まだ無罪が確定したわけではありません。検察が異議を述べる(控訴をする)可能性が残っているからです。ここまで散々苦しめられてきた袴田さんが自由を取り戻すのにこれ以上苦しめられてはならないでしょう。検察に対し、「控訴をするな」という声を全国から集めてください。そして、1日も早い無罪確定を願います。

スズメバチ対策にはとりあえず「白」

大きな楕円形のスズメバチの巣をみたことがある人は結構沢山いると思う。そろそろスズメバチに刺されたというニュースが流れる季節になってきた。データ上は、5月6月からでも被害の報告はなされているが、やっぱり一番危ない季節は秋、まさにこれからとなる。

スズメバチの巣は、木の枝や軒下に作られる、というイメージがあるが、それは主にキイロスズメバチの話しで、非常に獰猛とされるオオスズメバチは、巣を地中に作る。なので、どこに巣があるのか、非常にわかりずらい。数年前、日課になっていた双ヶ丘の散歩の時、内のわんこがその巣を踏んづけてしまったようで、まるで漫画のように黄色の塊に追いかけられたことがある。このとき、どっちも20カ所近く刺され、どっちも入院することになってしまった。治療内容はほぼ同じだったらしい。刺された痕は、今も数カ所残っている。

このときは、運悪く、黒い帽子、黒いTシャツ、黒のジャージと全身黒ずくめだった。内のわんこも黒。この日、オオスズメバチが興奮していたこともあって、そこを通った散歩仲間である黒い系統のわんこはほぼみんな被害にあった。飼い主の方はというと、白いシャツの人は刺されずに済んでいた。遊歩道の僅か1m程のところにでっかい巣が作られていたのには驚いた。

それからは、9月以降、白いシャツで双ヶ丘に行くようにした。ただ、今年は、17歳8ヶ月の大型犬には双ヶ丘に行ける体力は残ってない。

ドライブレコーダー

悪質な煽り運転が問題になってから、ドライブレコーダーが以前よりも注目されるようになって久しい。ただ、本来の目的であるところの交通事故の場面では、実際に交渉をする際、ドライブレコーダーの映像がある場合と無い場合とでは、事実の確認に大きな差が生じる。

自身の経験として、以前、国道で信号待ちの車に続いて停止していたところ、後ろからトラックに追突されたことがある。そうしたところ、なんと、加害者である相手が「おまえがバックしてきたからやろ!」ととんでもないいちゃもんを付けてきた。バカも休み休みに言え、といいたいところだが、スキンヘッドの眉毛も薄いイカツい殻をした輩風のおっさんが(こっちもおっさんだけど)まくし立ててくるのである。これで、気の弱い方が被害者なら、泣き寝入りにもなっていたところだ。(やりとりの一部は、録音もしてたし、ちょっとだけなら画像もあった。車のエンジンを止めなかったら、ドライブレコーダーでも声くらいは拾えていたかもしれないので、事故後はしばらくエンジンを切らない方がいいかもしれません)

ドライブレコーダーの映像をその場で(臨場した警察官に)確認してもらった。こっちが動いていない時に追突されたことは画像からも明らかだったが、これで、映像がなかったら、言ったもん勝ちで、場合によっては裁判をしなけらばならないことになっていたかもしれない。裁判やったからって、こっちの言い分が認められる保証は無く、どうなっていたかはわからない。こんなしょうもないことで裁判するのか、と思って、車の修理に持って行っていたとき、相手の社長さんから電話が来て、「こっちの保険で全部やらせてもらいます」とのことだったので、修理代と治療費だけは請求することにした。しかし、相手の態度が気に入らなかったこともあり、刑事告訴(ぶっ殺してやる等の文言は無かったことから、損害賠償を免れる目的で詐害したとする詐欺罪を主張)した。受理され警察官はきちんと調べてくれたものの、検察官は「勘違いした」と言っているから、と不起訴処分にした。どう勘違いするねん、と言いたくなる。納得いかないが、こんなことに時間を取ってもいられないので、これ以上追求するのは止めた。でも、裁判官が拾ってくれるもんだから、もっと立証不十分の事件でも起訴しているくせにこのヘタレPが、とちょっと腹を立てたことを覚えている。同乗していたうちのかみさんも納得していなかったが(かみさんにもがなりたててきていたし)、捜査ってええかげんなもんだと改めて思ったのでした。

 

ウィンカー 要る? 要らない?

ヤフーニュースで、メイン道路は右折している場合、右折のウィンカーを出さないといけないのか、ということが話題になっています。

実際、京都市内を車で走っていると、間違ったウィンカーを出す車を結構沢山見ます。場合によっては、間違っている方が多数の場合もあったりしますので、困ったもんだなぁと感じているところです。

この場合には、道路は右折のようになっていますが、理屈上は直進と同じことなので、ウィンカーは要りません。逆に、物理的には直進する場合でも、メイン道路から見れば左折になりますので、左折のウィンカーを出して直進する、というのが正解です。ヘアピンカーブを走っているとき曲がる方向にウィンカーなんて出しませんよね。それと同じことです。

間違ったウィンカーを出す場面をよく目撃するのは、一旦停止して合流する様な場合です。高速道路に入る際には右折のウィンカーを出して合流していきますが、道路の物理的な形状は同じような走路を走行をする場合でも、一旦停止して合流する場合は、合流ではなく、左折になりますので、左折のウィンカーが必要になります。これを他の車から見ると、(合流のつもりで)右折のウィンカーを出しながら突然左折をすることになりますので、事故を誘発することにもなりかねません。ややこしいですが、注意が必要です。

https://news.yahoo.co.jp/articles/0c714d9ac22061b227ffddd5afc4a67570617ca6/images/000

一方通行の道路で、バックしたら違反?

大阪地裁の判決(R3.10.29)の事案では、自動車と自転車の事故の過失割合を自動車100:自転車0としています。

この事故は、一方通行の道路を、自動車がバックをしているとき、後ろから来た自転車(自転車は一方通行の方向に進んでいた)が、自動車がバックしているのに気がついているのに避けなかったこともあり衝突したというものです。この場合、自転車が意図的に当たりに行ったのであれば、過失ではなく故意責任を問われそうですが、避けられたのに避けなくても過失相殺における過失はないと判断されました。その際、判決の中では、自動車は、「一方通行違反をしながら道路右寄りを進行した」(つまり「逆走」した)として一方通行違反だから、自転車よりもはるかに大きな違反があるので過失相殺されないとしたものです。

一方通行道路を、バックしたら逆走だというのは、場面によっては、ちょっとどうなの?と思うところもありますが、一方通行の道路でバックする場合には普段以上に気をつけないといけないということなのでしょう。

ただ、理屈で詰めていくと、対抗できる道路(センターライン有)で、バックすると、センターラインオーバーの逆走と扱われてしまうことにもなりそうですので、本当にそれでいいの?という疑問はあります。とはいえ、民事上の認定であって、行政上一方通行違反で青切符を切られたというような話ではないのでそんなに目くじらを立てることもないのかな(高速道路のとりつけ道路等なら仕方ない気もします)。

なお、この事案の結果は、請求額と認容額とを比較すると、妥当なのかなとは思います。

腹立たしくて、言葉の選択が適切では無いかもしれません。

袴田さんが冤罪に巻き込まれ、死刑判決を受けて長期間不当な拘束を受け続けてきた事件で、ようやく再審開始が決まった。その再審法廷で、引き延ばしただけに止まらず、なんと検察は「有罪立証方針」を示したとの報道がなされている。

再審開始決定において、捜査官の証拠捏造によって死刑という重大判決で重大な誤判を生じさせた事件で、検察は一体何を考えているのか。腹の底から怒りが湧いてくるとはこのことかと思ってしまう。

検察は、公益の代表を履き違えてはならない、と日野町事件の特別抗告でも触れたが、確定判決の維持のみが公益とばかりの対応には、〇〇〇〇○た組織だと考えずにはいられない。ここまで堕ちてしまったのか。

そもそも、この事件で、真犯人と袴田さんを結びつける証拠は、無かった。それを、犯行時の着衣が一年以上も経ってから味噌樽の中から発見されたとして袴田さんを死刑判決に追いやった、その証拠が、捜査機関の捏造のおそれが極めて高いとされているのである。最初は、犯行時の着衣は、パジャマであった。ところが、メッタ刺しの事件なのに、パジャマからはほとんど血痕が見つからなかった。そこで、なぜかわからないが、突然5点の衣類が見つかり、それが犯行時の着衣とされてしまった。袴田さんが履こうとしても膝までしか履けなかったサイズ違いの衣服が犯行時の着衣だとされた。検察は、味噌樽の中で縮んだと主張していた。ズボンのタグのマークが、色を表しているにもかかわらず、サイズを表すのだと虚偽の主張までして、元々袴田さんが履けるようなサイズでは無かったズボンが袴田さんの犯行時の着衣とされてきたのである。袴田さんが真犯人であるわけが無い。

嘘に嘘を重ねて、更に87歳となっている袴田さんに、再審法廷で更に長期の対応を強いる、これが「公益の代表」なのだとすると、   あきれて(腹立たしくて)適切な言葉が出てこない。

テレビドラマでは見られるような、検察の「正義」はどこに行ってしまったのだろうか。こんな有害な組織だとするなら不要だ。

3月6日、検察庁は、日野町事件の再審開始決定(大阪高裁)に対し、特別抗告を行った。特別抗告ができる場合は、限られている。憲法に違反する場合と最高裁の判例に相反する場合のみである。今回の再審開始決定に、そのような事情は存在しないことは、ねじ曲がった発想をしない限り、明白である。それでも、検察は、脊椎反射のように抗告をやってきた。これは、いたずらに時間を浪費するのみで、許しがたい暴挙である。同じ法律家として怒りを感じる。

検察の特別抗告申立書を読んでも、言葉面は判例違反を繰り返してはいるが、それは、判例を誤解しているのか、敢えて曲解しているのかという主張であり、法律の専門家として恥ずかしくないのかと問いたくなる。再審の制度が、冤罪被害者の救済のための制度であることを全く理解していないとしか考えられない。まぁ、検察としてはそのようには考えたくないのだろう。誤判による冤罪被害者の救済よりも、三審制で判決が出た(確定した)ことだけはなんとしても維持したい、再審なんてあってはならないとでも考えているのではなかろうか。

お隣の台湾では、検察が、誤った死刑判決についてでさえ、自ら再審を申し立てている。この姿勢とは、全く相反する。「公益の代表者」なのであれば、誤った確定判決をなんとしても維持するということが役割ではないはずである。裁判に誤りがあったことを自ら認めることは絶対にやりたくない、とでもいうのだろうか。人間であれば間違いもする、だからこそ、歴史上どの国にも再審の制度が認められているにも拘わらず。

大津地裁で再審開始決定が出てから既に4年7ヶ月が経過する。百害あって一利無しの検察の異議を認める制度は早急に改善されなくてはならない。

検察は、今なお有罪であると考えるのであれば、裁判のやり直しの場である再審公判で争えばいいだけだ。もう一度裁判をやり直すかどうか、つまり再審を開始するかどうかの判断でこれ以上無意味な時間を費やすべきではない。請求人である阪原さんご遺族にさらなる精神的苦痛を与えるだけだ。

日野町事件高裁決定【再審開始を維持】

2月27日午後2時ちょうど、大阪高裁の7階会議室で、日野町事件再審請求についての決定書が請求人及び弁護人に手渡された。今回、大阪高裁では、渡す前に、担当書記官から主文を口頭で伝えます、との説明があり、「主文は、抗告を棄却する、です」と伝えられた。大阪高裁でも、再審開始という判断が示された瞬間だった。請求人である阪原さんの長男は、思わず机に顔を埋めた。そこに同席していた弁護団10数名からは思わず拍手が沸き起こった。

主文を確認した後、旗出し役の若手の弁護人2名(うちの事務所の佐藤くんと御池事務所の三角さん、いずれも京都弁護士会所属です)が、「不当決定」と記載された旗だけはその場に残し、支援者や多くのマスコミが待つ裁判所入り口を目指して駆けだしていった。その間、われわれは、請求人等と握手を交わすなどしながら、7階窓から、いわゆる「旗出し」の瞬間を眺めた。いい眺めだ!

高裁でも、再審開始が維持された。大いに評価できる結果である。(まあ、個々の内容については、いろいろあるので、ここでは触れないことにします。)

高裁での決定についての特別抗告という異議申立の期間は、5日間である。その間に、抗告の理由も付して申し立てなければならない。要は、一般の控訴や上告のそれぞれの理由書を(普通は控訴状等を提出したあと50日くらいの間に出す)5日間で完成させなければならないということである。今回は、再審開始が維持されたので、弁護団で作成する必要はない。

問題はそこではなく、検察による特別抗告は、絶対に許されない、ということである。日本の再審がモデルとしたドイツの法律では、とうの昔に(50年以上も前)検察による開始決定に対する不服申立はできなくなっている。当然のことだ。現憲法が制定され、2回危険の禁止から不利益再審(無罪判決が出たのに有罪だとしての再審申立)は禁止された。したがって、刑事事件における再審は、冤罪被害者の救済の制度であることが明白となった。そうだとするなら、救済に背を向ける開始決定への不服など認める必要もないしそれは有害でしかない。検察が、なお有罪であると考えるのであれば、その後に行われる再審公判で有罪立証の活動をすればいいだけのことである。だから、裁判をもう一度やり直すかどうかという再審申立段階で時間つぶしになるだけの検察による異議は、本来現行法の解釈としても認めるべきではないのである。

3月2日には、弁護団から最高検察庁に、特別抗告はするな、という申し入れを行い、記者会見も行った(ネットニュースで見られます。なお、大阪高検に対しては2月28日に申し入れ済み)。検察庁には、真の意味で、公益の代表としての行動を期待する。特別抗告をするな、という声を広げていきたい。ちなみに、特別抗告の期限は、土日があるので3月6日(月)である。

日野町事件の決定(高裁)日が決まった

先週、大阪高裁から弁護団に「決定は2月27日(月)に出します」という連絡が来た。昨年3月に「結審」して、「この裁判体で決定を出します」という言葉どおりなら6月には出るのではないか、6月に出なかったら9月末までには、という具合に決定が出される日さえ決まらないままズルズルと時間が経過していた。

その間に、同じく高裁(こっちは東京高裁)で再審開始を争っている袴田事件の決定は3月13日ということが決まっていた。年度を跨ぐのか?とも思い始めていた矢先の決定日通知だった。

日野町事件は、1984年の年末に端を発する事件で、2000年10月に最高裁で上告が棄却され無期懲役が確定してしまった強盗殺人事件である。しかし、その判決は間違いで、彼は犯罪とは無関係だ。私事であるが、2000年4月に弁護士登録をして、その年の11月に再審弁護団に入れてもらってから既に23年が経過する。その間、間違えた判決で人生を奪われた阪原さんは、もうこの世にはおられない。命ある間に救済をという願は打ち砕かれてしまった。今は、ご遺族の申立による「遺族再審」であり、2018年7月11日大津地裁で「再審開始」の決定が出ている。しかし、不当な検察官による抵抗(抗告)により未だに大阪高裁に係属している事件である。

その決定が、ようやく2月27日に出る。再審請求審は、通常の裁判と異なり、非公開の手続であるので、決定が出るといっても、法廷で「判決言渡」のような手続はない。裁判所で「決定書」を受け取るというだけの手続となる。渡された決定書を見てみないと、結論は分からない。

抗告を棄却して、再審開始の判断を維持することになると信じてはいるが、一抹の不安もある。改めて思うと、再審開始は、それで「無罪」となるわけでも何でも無く、裁判がやり直されるというだけである。それにも関わらず、再審開始の判断が余りにも壁が高すぎて、冤罪被害者の救済にはなっていないという制度上の問題を抱える。

ここで再審開始を確定させ、次のステージに進めるように、今は裁判所による真っ当な判断を期待するしかない。

9月18日(土)13:00~ 私も2000年に弁護士登録して以来弁護団に参加している日野町事件の市民集会が開かれます(日弁連主催)。コロナ感染の関係でネット参加が中心となりますので、自宅からでも参加できます。9月15日までに申し込んでいただければ、参加方法などの連絡があるはずです。以下のURLからお申し込みください。

https://form.qooker.jp/Q/auto/ja/hino/hino/

この事件は、2018年7月11日大津地裁で、「再審開始」の決定が出されています。ですが、検察が不当な即時抗告を行っているため、今もって大阪高裁に係属しており、「再審」公判が開始されていません。阪原さんは、今もって犯罪者の汚名を着せられたままの状態です。残念ながら、阪原さんは、2011年に他界されてしまっているため、今はご遺族による再審請求ですが、1日も早く無罪を伝えたいと願っています。

さて、この集会では、日野町事件の何が問題なのかを明らかにしながら、全国に広がる再審事件の当事者にも参加してもらい、無罪を勝ち取った布川事件や東住吉事件、湖東病院事件から今再審を確定しようとしている日野町事件に、そして、大崎事件や袴田事件に、「再審、無罪」のバトンをわたしていくということをコンセプトとしています。各事件当事者の方もそれぞれ登場を予定されています。

集会では、元毎日放送編集部(だったはず)の関西大学教授・里見さんが中心となって、日野町事件の問題点を分かりやすく映像にまとめてもらったビデオの上映も予定しています。この中で、私もほんのちょっと「出演」します。

いろいろ盛りだくさんすぎる内容かも知れませんが、決して見飽きることはないと思います。是非ともご参加ください。

鴨川沿い

刑事弁護をしていると京都拘置所に接見に行くことも必要となります。公共交通機関だと最寄り駅は近鉄ですので、事務所の多くが位置する裁判所近辺からだと乗り換える必要があります。そのため、地下鉄だと乗り換え無しで行けるので、くいな橋の駅を利用する人が多い。待ち時間などを入れると片道だいたい事務所から35分~40分くらいは余裕でかかります。

一番早い交通手段は、たぶんバイクですが、次の手段は自転車になります。ですが、最短ルートでも(裁判所から)拘置所まで7キロを超えますし、帰りは若干登りになることから自転車で行く人は希です。特にママチャリで拘置所まで行く弁護人はほとんどいません。

しかし、これが、鴨川沿いの遊歩道(自転車通行可)を通ると信号はないし、待ち時間もなく30分かからずに行くことができます。雨の日とか猛暑下だと別の心配があるので、止めた方がいいかもしれませんが、結構快適です。ちょっと前にくいな橋の近くに遊歩道から車道に出られる道が整備されたので更に行きやすくなってます。途中、鴨川の東岸から西岸に移らないといけなくて、その取付道の坂がちょっと苦痛というところですが、信号無しというのがいい。帰りはのんびり川面をみながら、たまにはカワセミにも会えたり、鯉の産卵(結構豪快です)もみられるかも知れません。オオサンショウウオの目撃情報もあったりします(見たことはないですが)。ただ、向かい風になることが多いのが玉に瑕というところです。

運転免許写真の活用法

運転免許の更新の際、免許証に表示するために写真を撮ります。 その写真が、運転免許証以外に使われている、ということをご存じでしょうか。

 刑事弁護をしている弁護士間の交流の場で、面割り台帳の写真に運転免許更新の際の写真が使われているということが明らかになってきました。 もちろん、本人の同意などありません。勝手に使われているのです。 そのような使い方はおかしいのではないか、端的に違法ではないか、と争ったようなのですが、検察官は、何の問題があるんですか、という態度で、判決も、特に大きな問題はない、と判断をしたとのことでした。
 面割り台帳、というと、「この中に、犯人と思われる人の写真は含まれていますか?」と言って見せられる数名の写真が並んでいる写真集と思ってください。 確かに、その台帳にその写真の氏名等は記載されていませんし、過去に犯罪を犯した(ないし疑われた)時に撮った写真と言われているわけでもないので(公開もされていませんし)、実害はない、と言おうと思えば言えるのかも知れません。
 でも、ちょっと考えてみてください。免許更新に行って写真を撮られるとき、この写真が犯罪捜査の中で「犯人かも知れないリスト写真」として勝手に使いますよ、と説明されたら、そんな写真撮影を気持ちよく行えますか? 撮影拒否をしたら免許を渡しません、と言われたら、やむなく撮影には応じる方が大半だとは思いますが、そんな負担を庶民に与えていいんですかね。
 それを、たいした問題ではない、と思っている、裁判官や検察官には、正直ゾッとします。 この人たちの人権感覚ってこんなもんなんだ。 まずないことだとは思いますが、面割り台帳の写真(普通警察の捜査段階で使用)に取り調べた検察官(あるいは裁判官)の写真があったことが後で分かったら、それでも、その検察官(裁判官)は、たいした問題ではない、と心底思えるのでしょうか。

入管法「改正」断念!

「入管法今国会改正断念」 今朝の新聞の1面を占めています。

喜ばしいことです。 市民の力が、検察庁法改悪阻止に続いて発揮されました。
 しかし、なぜこんなことで喜ばないといけないのでしょうか。入管法については、国連の人権条約機関から再三問題を指摘され、改善を求められてきていました。2007年には拷問禁止委員会から「収容に上限を設けるべき」、2014年には自由権規約委員会から「独立した審査もない中での長期にわたる行政収容があることを懸念」、2020年には国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会から「入管収容は恣意的拘禁にあたり国際法違反である」とまでいわれている、今の存在自体が問題のある法律です。
 それを、改正するはずであったにもかかわらず、今回の「改正」案は、なんと、更に問題を大きくして国際法違反の程度を深めるものだったのです。 こんな法案を、このコロナ対策を第1にしないといけないときに、国会に持ち出すこと自体がとんでもないことだったのです。 本来であれば、今回の廃案だけではなく、収容期間に上限もない、司法救済もないに等しい、そんな今の入管法の改正こそ求められているのです。
 そもそも、日本の行政は、難民に対して、冷徹に過ぎます。 本国に帰れば、生命さえも保証されない人でも、難民認定を拒絶して、本国に送り返しているのです(自費で)。 日本で生まれ育って、日本語しか話せず、日本にしか身寄りのない、そんな日本でしか生きていけないような人(外国籍)に対しても、生活基盤の全くない「本国」に帰れ、という政策を採っているのです。このような事態をこそ見直して、国際法違反にならないような入管法に改正することが本当は求められています。
 それはともかく、今回のとんでもない改悪を阻止できたことは、素直に喜ばしいことです。 

朝日新聞のたぶん京都版に「司法VOICE」」というコーナーがある。 2週間に1回掲載されるようで、結構な期間続いている。 時々知人の記事も見る。 再審法改正を求める市民の会が、京都南部を中心に結成され、先日立ち上げの講演会(湖東病院事件からみる再審法改正の必要性が語られた)が開かれた。 それにちなんで立ち上げメンバーにこの記事の打診がなされたようだが、再審事件をやっていないので、おまえが書け、という話になった。 寄稿文で、原稿料は無し。

 再審法改正は、刑事分野では重要な立法課題なので、引き受けることにした。 それが、4月29日の朝刊に掲載されることになる(はず)。
 800字前後なので、あまりいろいろとは書けない。 そこで、概ね「裁判官は間違わないと思い込んでいる、99.9%有罪の中には結構な割合で冤罪(犯人でもないのに誤って有罪とされる)が含まれている、ところが、間違わないと思い込んでいる、ないしは誤りとは認めたくないからか、再審は日本の裁判所ではめったに認められない、 だからこそ、立法的な解決が必要なのだ」、的な文書を送った。
 ところが、新聞社の判断で、ちらっと触れた「日野町事件」の事件説明を加えられた関係で、言いたかったことがかなり削られてしまい、最初の投稿文とはずいぶんと変わったものになってしまった。
 こんなのなら掲載をお断りをしようかとも思ったけど、「再審法改正」の必要性は少しでも多くの人に知ってもらいたいこともあって、ちょっとだけ抵抗して、修正に応じた。 
 新聞記者さんの感覚では、冤罪はめったに起こらないと思われているのか、言葉の端々で、まろやかな、たまにはそういうこと(冤罪、誤判)も起こります的な言い回しになっている。 元々は、もっとトゲトゲしていたんだけど(自分的にはそれでもオブラートには包んでいたつもり)、もし記事を見られた方がおられましたら、元の文章を想像してみてください。

再審法改正へ

2000年に弁護士登録した年の11月から弁護団に入って、まだ続いている事件がある。3年前、大津地裁で「再審開始」の決定を得たが、検察官抗告で大阪高裁に係属していることは、この間サボってきた3年前の記事(過去記事)に記したとおり。

 それがまだ続いている。
 日野町事件でも、検察は、脊髄反射のように「再審開始」に対しては、即時抗告をする。
 再審法については、ドイツ法を範にしたといわれているけれども、そのドイツでは、何十年も前に「開始決定」の不服申立は禁止されている。 日本の法律(再審法の部分)とほぼ同じところから出発した台湾や韓国では、大幅な改正の動きがあり、日本はすごく遅れた国になってしまっている。
 日本の再審法は、たった19条しかなくて、戦前から同じ規定がそのまま残り、今も生きている。たった1つ不利益再審が禁止されたことを除いて。
 今、再審法改正をめざす市民の会が結成され、再審法の改正に向けた様々な取り組みが行われようとしている。「再審法をめざす市民の会」で検索すると、同会のWEBセミナーをみることができる。
 すごく興味深い内容で、聞きやすいので、是非、視聴してみてください。

頑なな・・・

先日、狭い交差点を右折しようとしたら、交差点真ん中辺りで前が詰まった。見ると、信号機(赤)に従い、1台の原付が停止線で止まっていた。その後ろから、コンビニの交差点からやや強引に右折気味に交差点に入ろうとして、その原付があるため思ったところ(停止線辺りまで行けばその車は車線内に収まる)まで行けず右折車の進路を妨げている状態になっていた。

 その車が、窓を開けて、ちょっと前に行け、といっているように見えた。しかし、その原付、目の前の停止線を指さし、前には行けない、と言っているようだ。確かに、停止線なんだけど、状況見て臨機応変に対応するのも道路の利用方法ではないか。
 その原付、警察官の制服を着ていた。
 後ろの車も、その原付があるのわかっていて割り込んできているんだから、ちょっと下がって進路ちょっと変えたら、その原付の後ろに車線に収まるように停止できる。
 ほんと、どっちもどっちだけど、そのおかげで、右折車がつかえてしまって、4台目がもう1回信号待ちする羽目になってしまった。
 停止線は、確かに狭い道などの場合、バスなどの大型車が右折する際邪魔にならないように交差点の少し手前に引かれていることがある(そこもそのようなところ)。しかし、バイクなどは、停止線より少し前に出ても、左に寄っていれば大型車の右折の邪魔にはならない。
 ほんでもって、融通の利かない警官と 応用の利かない路外進入車のおかげで、割を食うのは信号に従い右折をしてきた第三者だ。ラッシュ時間ではなかったからまだよかったものの、もうちょっと状況見てどうするのがいいのか、柔軟に考えようよ、と言いたくなってしまった。

相続法改正

2018年7月、おおよそ40年ぶりに相続に関する法律が改正されました。その多くは、2019年7月からの施行となりますが、既にこの1月13日から施行されている制度があります。

 自筆証書遺言 に関する改正です。
 これまで自筆証書遺言は、全て自筆、つまり「手書き」しなければなりませんでした。そのため、不動産が沢山ある場合などでは非常にやっかいで利用が阻害されているともいわれていました。
 しかし、これからは、遺産目録に関する部分は、パソコン等を利用することができるようになりました。遺産の特定に関するところで、それ自体は形式的な記載だから、「手書き」を求める必要性が本文よりも低いと判断されたからということです。
 ただ、その様な目録を利用する場合には、各頁に署名押印が必要になります。表裏の印刷の場合、表にも裏にも署名押印が必要です。

再審開始決定・・即時抗告・・

7月11日、午後2時30分。大津地裁の別館(刑事部は別館)カウンターで、日野町事件再審申立事件について決定を受け取った。 再審については、法廷で判決文の言渡、というようなことはなく、決定文が手渡される。 請求人本人(遺族申立)ら3名と弁護団の代表3名がカウンターで受け取った。

 中から〇のサイン!  よしっ  ようやくまともな決定に出会えた。
 しかし、公の代表であるべきはずの検察は、即時抗告の期限である17日に即時抗告を行った。予想していたとはいえ、役割をはき違えた検察庁には幻滅する。
 再審では、いわゆる「不利益」再審(確定した判決よりも重くなったり、無罪が有罪となるなどの再審)は禁止されている。 つまり、再審は、誤判による被害者救済の制度であることが明確になった(戦前は違った・・・)。その趣旨からは、再審開始決定に対して検察官が抗告することは許されない。 検察官が再審申立権者の最初に名前が挙げられているのは、公の代表が誤判を放置しないためであって、再審を求めているものの再審開始への道を閉ざすためではない。 この役割をはき違えた抗告が、幾多の再審事件で繰り返されている。 大崎事件、湖東記念病院事件、松橋事件(特別抗告により今最高裁に)、、、 これがとんでもない高裁決定を生んだ袴田事件や名張毒葡萄酒事件で(現段階での)再審開始が妨げられている。 原口さん(大崎事件)も袴田さんもかなりの高齢。 生ある内に無罪を!
 ようやく無罪となった東住吉放火殺人事件や布川事件でも、検察官の抗告によって無罪となる時期が大幅に遅れた。
 この抗告のお陰で、日野町事件も再審開始は確定せず、大阪高裁の判断を待つことになる。
 高裁でも再審開始を死守するとともに、是非とも、立法解決として「再審開始決定」に対する抗告は明文で禁止することが必要である。 

学生ローン(奨学金の実態)

先日の相談で、訴状を持ってこられた。 日本学生機構が原告になっている。
要は、奨学金を借りていた元学生に返済が滞っているから、遅延損害金を含めて全額支払え、というもの。 同封されている「和解したかったら、こういうものを提出せよ(事前に機構に送付を求める)」には、まず、就職先を明らかにして、給与明細等を出せ、というものだった。
 つまりは、今後滞ったら、給与を差し押さえますよ、ということだ。
 通常であれば、そんなもの教える必要もないのであるが、普通の債務整理であれば多分債権者はのまない長期の分割案が示されており、かつ、(こっちが重要であるが)連帯保証人がいるので、無碍に拒否できないのだ。  そして、これらの提出をしなければ、和解はあり得ない、と表示されている。
 なので、一括で支払えない場合は(普通は支払えない)、破産もできないので、飲むしかない立場に追いやられる。そして、職場を把握され、今後滞ったら給与差押となるのだ。
 これが、今の「奨学金」の姿だ。 国立でも学費が年間100万円という時代、奨学金無しには生活できない家庭が多数を占める。 その上、就職しても、10年前と比べると平均的な収入が月額10万円近く減少している。 ひとりで生活する費用を捻出するのが精一杯で、返済する余裕もない。 これでは、結婚して家族を維持していくことはできない。少子化がますます進行する大きな要因である。
 ところで、その訴状、表示されている代理人はどうも弁護士のようであったが、事務所名の記載がない。
学生機構のインハウスかとも思ったが、表示されている住所が違う。 これはどういうことなのか。
弱みにつけ込んだ、すごく横柄な、人をバカにしたような態度に思えてならない。

刑事訴訟法改正(司法取引)

刑法や民法等、いろいろ改正される中で、刑事訴訟法も改正され証拠収集の新しい手段が作られた。

作られてしまった、といった方が感覚には合う。
この間、秘密保護法や共謀罪、戦争法というような、憲法に反する法律が作られたり改正されたりしている。今度の選挙(22日)では、こんな違憲な法律は撤廃できるような議員を選ばなければ本当に日本はとんでもないことになる。 
刑訴法の改正も、憲法違反とまではいわないが、えん罪を拡大してしまう可能性が高くなるようなあってはならない改正だった。
 それが、来年6月2日までには施行される。
 どんな内容かというと、乱暴に言ってしまえば、他人の犯罪行為について捜査機関に情報を持ち込んで自分の犯罪での処分で得をしよう、というものである。 他人の犯罪の捜査に協力するから不起訴にしてね、といようなものである。 アメリカでの再審無罪となった事件を見返してみると、第三者供述がえん罪の一つの原因になっているという調査結果がある。 必ず「真実」を語るとは限らないからだ。
 改正の結果、その捜査協力について、弁護人も関与させられてしまうことになる。 弁護人のサインがないと司法取引が成立しないからだ。 弁護人の立場からすれば、「えん罪」の可能性には関与したくない。 しかし、弁護人は、被疑者等に対して誠実義務を負っている。 だから、被疑者が望めば、果たして、他人の「えん罪」の可能性(言わんとすることが真実かどうか現実には弁護人には検証はできない)があるからと、協力を拒否できるのだろうか。
 こんな問題のある法律を作り続ける自民公明が安定多数を占める国会の構成を大きく変えないと、ほんととんでもないことになる。 安倍政権はまさに「国難」、こんな分野にも悪影響が及んでいる。

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