- ホーム >
民営化について考える(その1)
1 はじめに
今回は真面目な話をする。少し長い。テーマは行政民営化である。細かい制度に興味
のない向きは、最初と最後だけ読んでもらえばよい。
2 民営化流行り
民営化流行りである。1980年代の後半には、てんやわんやの大騒ぎの末、国鉄が
JRに、電電公社がNTTに、専売公社がJTになったが、今思うとそれらは序章に過
ぎなかった。小泉内閣のこの5年間は第2章を迎え、政府や自治体、公共企業の民営化
が一気に加速した。
例えば、作家の猪瀬直樹氏が吠えまくった道路公団民営化、先の総選挙の一大争点と
なった郵政民営化、姉歯問題で一躍クローズアップされた建築確認業務民営化、各地の
商店街が大打撃を受けた駐禁取締民営化をはじめ、病院、体育館やスポーツ施設、公園、
美術館、バス、鉄道、保育園、大学、ゴミ行政等々、今やあらゆる分野の公共施設、公
共サービスが民営化されつつある。
3 市場化テスト法と行政改革推進法の成立
先の通常国会では、教育基本法改正や共謀罪法案などの攻防の陰に隠れて、行政民営
化の総仕上げとも言うべき2つの重要な法律が成立した。「市場化テスト法」と「行政
改革推進法」である。
4 これまでの行政民営化の制度
これまでも、いくつかの行政民営化の制度が矢継ぎ早に制定されてきたが、市場化テ
スト法と行革推進法は、なぜ行政民営化の総仕上げといわれるのだろうか。まずこれま
で制定されてきた行政への民間参入の制度を見てみる。
@指定管理者制度
公共施設(保育所、老健施設、会議場、公園等)について、営利企業を含む団体を
管理者として指定し、その管理者に施設の管理や利用料金の決定・収受等の権限を与
える制度。
APFI法(Private Finance Initiative)
国や自治体が行ってきた公共施設の建設や維持管理を、民間企業に行わせる制度。
B構造改革特区
自治体等の申請を内閣が認定することにより、地域を限定して法令上の規制を緩和
する制度。担い手についての規制を緩和することで自治体民営化の手段として活用で
きる。
5 市場化テストとは
「市場化テスト」とは、国や自治体などの行う公共サービスについて、官と民が競争
入札をしてどちらが担うかを決める制度である。
指定管理者制度は、国の施設には適用がないし、自治体の施設でも学校や水道、道路
等には適用がなかったが、市場化テストはこれらにも使える。
また、PFIは新設施設にのみ適用される制度であるが、市場化テストによれば既存の
公共施設についても民間参入をはかることが可能になる。
さらに、構造改革特区は、自治体自身の申請が必要で、かつ地域限定の規制緩和であ
るが、市場化テストは、民間業者自身が提案でき、かつ全国的な規制緩和が可能となる。
このように、市場化テストはこれまでの民営化制度の不十分点を補って、国・地方、
新設・既存の区別を取り払い、全国規模で全面的に行政サービスを民間に開放しようと
いう制度なのである。
6 「事業の仕分け」とは
市場化テスト以上に、行政民営化をやりやすくしようというのが「行政改革推進法」
である。この法律は新たに「事業の仕分け」という制度を設けたが、これは国や自治体
が行っている事業について、そもそも必要な事業か否か、必要があるとしても官と民の
どちらがやるべきかという視点で仕分けをして、必要性がないとか民間がやるべきと判
断されれば、直ちに民間開放するという制度である。
上述の市場化テストによっても、民間業者が参入するためには競争入札で官に勝たな
いといけないが、「事業の仕分け」制度によると、入札もなしにいきなり民間参入が認
められるのである。
この仕分け作業の方法は、今後、具体化されることになっているが、「民」の監視の
下に行われるべきとの主張が推進派から強力になされており、結局、民間開放を狙う財
界主導に、お手盛りの仕分けがなされるおそれが極めて強い。
その意味で、「事業の仕分け」は、民間企業が行政サービスを切り取り自由に山分け
するという究極の民営化ツールということができる。
7 なぜ民営化か?
しかし、そもそもなぜ国や自治体の事業を民営化しなければならないのだろうか。こ
の間、民営化の旗頭になったのが「民でできることは民で」というスローガンだ。
そこでは「官」というのは非効率、無駄遣いの象徴のように言われた。他方、民営化
さえすれば自由競争により効率化とサービス向上が実現し、歳出削減により国民負担も
軽減するとバラ色の未来図が描かれた。そして「民でできるかどうか」だけを基準に、
何でもかんでも民営化されてきたように思われる。
しかし、行政の無駄使いという場合、多くの国民が思い浮かべるのは、高速道路やダ
ム建設などの無駄な公共工事のことであろう。それらは国民の厳しい批判にさらされた
が、いつの間にか、矛先は公共工事の見直しから公共サービスの民営化へすり替えられ
てしまった感がある。それは果たして国民が望んだことだろうか?
今や民営化推進派論者たちは、「およそ民でできないことはない」と豪語している。
そういえば、イラク戦争では民間の戦争請負会社の傭兵が戦闘に参加するなど、戦争ま
で民営化される世の中になってきた。果ては通貨発行も民営化できるとか、租税の徴収
自体不要であるという主張までなされている。
このように何でもかんでも民でできる、あるいは官は不要だということになると、そ
のうち国も自治体もなくなってよいと誰かが言い出すのだろうか? マルクスは、権力
装置としての国家がなくなる社会を未来の理想社会のイメージとして表現したが、規制
緩和・民間開放論者が導こうとする先には、荒涼たる弱肉強食の荒野のイメージしか思
い浮かばない。
弁護士 福 山 和 人
<トップページへ>