空飛ぶ弁護士のフライト日誌 京都法律事務所
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空飛ぶ弁護士のフライト日誌


空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ―DAY3:空の落とし穴 
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 先月、ゴールデンウィークまっただ中の5月3日、兵庫県の但馬空港でモーターグライ
ダーの墜落事故があった。機体は滑走路に墜落直後炎上し、乗っていた2人が死亡した。
そのうち1人は、私の航空部時代の同期だった。

 彼は京都の国立大学で、私は大阪の国立大学と、大学こそ違えど七帝戦などで毎年顔を
合わせていたし、2人とも操縦教育証明という教官の資格を持っていたため、卒業後もあ
ちこちの合宿で顔を合わせていた。2人乗りのグライダーに一緒に乗り、操縦技術を学び
合ったこともある。
 お通夜では、同じくグライダーのベテラン教官であるお父様が、いつも通りのにこやか
な笑顔で「今日はありがとう、・・くんも喜んでると思うわ」と話しかけてくださり、た
まらなかった。彼は一人息子だった。

 残念なことだけれど、グライダーにも事故は起こる。事故率から言えば、走行経路に障
害物の多い自動車の方が実はずっと高いのだが、グライダーの場合は一旦事故が起こると
重大な結果に終わることが多い。
 もちろん私たちは、事故など起きないよう絶えず注意して飛行する。上空での飛行訓練
では、高々度で失速(ストール)や錐揉み(スピン)など、わざとエマージェンシー状態
を作ってその兆候を経験し、そこからの回復方法を何度も練習する。他機と空中衝突しな
いよう、ウォッチアウト(他機警戒)は1回生のころから繰り返し繰り返したたき込まれ
る。
 それでも、事故が起こる。練習に練習を重ね、経験を積んで余裕も出てきたころに、時
にはヒヤリとする思いを味わいながらも生還し、さらに自信を付けていく。自分はここま
では大丈夫、という手応えのようなものができてくる。そんなとき、空にぽっかりと開い
ている口にすとんと落ち込むように、事故は起こるのだ。
 
 究極の防止策は、もちろん「飛ばないこと」。でも、それでは何もできない。
 もう少し仕事や子育てが落ち着いたら、私もまた飛び始めたいと思っている。死にたく
はないから、その瞬間、彼は、そして今まで空で亡くなってきた何人かの知人たちは、何
を感じ、どんな恐怖を抱いただろうと、絶えず恐れと想像力を持ちながら、でも死なない
ように生きることはしたくないから、また飛びたいと思う。
 
 お通夜の席、彼のお父様は、この先グライダーを続けるかと問われ、「飛びますよ。」
笑顔できっぱりと言い切った。そのとおり、かつて彼と共に飛んだ空に、また飛び立たれ
るのだろう。
 天国で、彼がしなやかな流線型の白く美しい機体に乗り込み、何の落とし穴もない素晴
らしい気象条件の空を、心ゆくまで飛び回っているといいなと思う。

                                                           弁護士  古 川 美 和
                                                   



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