空飛ぶ弁護士のフライト日誌 京都法律事務所
  1. >
空飛ぶ弁護士のフライト日誌

空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ─DAY17:夏の思ひ出 

                             機長:古川美和

 「グライダーって,体力使うの? 」「何で体育会なん?運動ちゃうやん」とは学生時 代よく友人から聞かれたことである。確かに,機体に乗り込んで操縦桿を握っている分に は,さしたる力は要らない。曲技飛行でもしない限りは2G以上のG(重力)がかかるこ とはそうそうないし(失速したり急に大きな沈下に入ったりで,マイナスGはたまにかか るけど),せっせと首の筋肉を鍛える必要もない。  しかーし,それで体力を使わないかというと大間違いである。航空部は立派な体育会系 クラブなのである(鳥人間コンテストに出場するクラブでは,断じてない。)。  一人ではグライダーは飛ばせない。飛んでる間はラクチンかつハッピーだが,一つの合 宿に40人の参加者がいたら,自分が飛んでいる時間(回数)は40分の1。残る40分 の39は,仲間を飛ばすために働かなければならない。1発飛ばすのに,機体を発航点 (スタートポジション)にセットし,機体の外部点検を行い,索を装着し,降りてきた機 体を取りに行って押して帰り,発航点に再度セットし・・・という手順がかかり,そのエ ンドレスの繰り返し。  その他にも,合宿の前後には機体の組みバラし。トラックから積みおろすのは結構重い。 翼を胴体に突っ込んだまま支えて保持するのもしんどい。機体を組み立てている機体係が 下手くそだと腹が立つ。機体係:「じょうはーん(上反),かはーん(下反),もいっか いじょうはーん,ちょっと行き過ぎ,あ,そのままホールド(止めて)!・・・あれ?お かしいな?・・もいっかいぜんしーん(前進)・・・」翼端を持っている人々:「(うぉ い!早くしてや〜重いっちゅうねん!)」  それからウインチ曳航の合宿の場合には,20発飛ばすごとに行う1000m以上の長 さのワイヤー索の点検(素線が切れていたら,ワイヤーカッターで切断して銅パイ(銅の パイプ,の意である)で挟み,ニコプレスで潰して繋ぐ),飛行機曳航の場合は曳航機 (パイパーというセスナ機のような単発機)が発航点付近で落下させる曳航索を走って回 収する作業。  旗振り,道路監視(どうかん),各自の係りの仕事,昼休みの草刈り,飛べない日でも 土嚢積みや土掘り等の土方作業。毎朝機体の係留を外して防水用のシートをずるずると外 す作業,毎夕にはシートを再びずるずると被せてアンカーとロープで係留・・・・これら 全てが,手のかじかむ冬の寒さの中でも,夏の直射日光にうだるような河川敷の草いきれ の中でも,変わらず続けられる。風も日差しも,遮るものはピスト(指令本部のようなも の)付近のテント1つのみ。  だけど何と言っても一番しんどいのは,「機体押し」。上空の機体から「場周(じょう しゅう)」=着陸態勢に入る,という無線連絡があると,ピストから「翼端取り(よくた んとり)出てー」の声がかかる。1機につき4,5人が,機体が着陸しそうな地点50m くらいの間隔に一列に散らばって待機する。そして着陸してくるグライダーを見ながら ・・・大抵は後ろ,つまりグライダーの進む方向に走る。着陸帯は幅15m,長さ60m くらいの長方形で,一応その範囲に着陸できれば合格,なのだが,多くの訓練生はそれよ り手前に着陸(=ショート)するか,着陸帯を飛び越えてそれより前方に着陸(=ロン グ)してしまう。ときには,ランウェイの半分当たりまで行ってしまう「スーパーロン グ」「どロング」と言われるようなフライトもあって,そんなときは翼端取りが走って行 っても到底追いつかないため,みんなで自分たちの上を飛び越えていくパイロットに向か って地上から手を振ったりする。「さようなら〜」「行ってらっしゃ〜い」・・無論,パ イロットは「しまった!ロングだ!どうしよう〜」と頭がパニックになっているため,下 で手を振られていることには気付かない。  スーパーロングの場合は,ランウェイを機材車が走って行って牽引して帰ってくるので, かえって楽である。しかし中途半端なロングの場合は,翼端取りが走っていって着陸して いる機体に追いつき,それを人力でえっせえっせと押して帰って来るのである。いくら車 輪がついているとはいえ,数百キロの機体を押して運ぶのは力がいる。特に,木曽川など 河川敷の滑空場の場合は,地面は一面に草が生えているか,めり込む砂地である。抵抗が 増えて機体はすこぶる重い。しかも機体を早く押して前方をクリアにしなければ,邪魔に なって,発航点にいる次の機体が飛べない。1発でも多く飛ばして,結果として自分も多 く飛ぶために,一刻を争うのである。  気合いの入った合宿であれば,リーダー(以下「リ」):「せえええええっ,セッ」全 員:「セッ」リ:「セッ」全員:「セッ」リ:「セッ」全員:「セッ」・・・という交互 のかけ声をかけて押し走る。声を出した分体力を極度に消耗するので一見効率は悪そうだ が,不思議と押す速度は速くなるので,ここ一番のときに使用される技である。  ね?聞いてるだけで,体育会でしょう?  しかし働きアリの法則ではないが,どんな集団でも勤勉な人とNOT勤勉な人な人とが 存在するもの。中にはピストから「そろそろ翼端取り行って〜」と言われそうな頃合いを 見計らって,旗振りや道路監視など遠方で楽な仕事をこっそり交代したり,逆に気象条件 が良くて滞空(ソアリング)ができそうな時間帯には,自分に搭乗の声がかかるよう,発 航順を決めるピストのまわりをうろちょろしたりする,「合宿上手」と言われる人もいる。  他方で,頼まれもしないのに自分から進んで毎回翼端取りに行き,汗だくになって機体 を押して,疲労困憊して最後にはぶっ倒れてしまうという,考えようによってははた迷惑 な人もいる。  果たして私はどちらのタイプだったのか・・・私を知る人なら容易に想像がつくだろう。  今ではあんな風に,真夏の炎天下で走り回ることもない。冷たいお茶が最高のご馳走だ ったあの熱い夏は,ずいぶん遠くなってしまった。                            弁護士 古 川 美 和 







<トップページへ>