空飛ぶ弁護士のフライト日誌 京都法律事務所
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空飛ぶ弁護士のフライト日誌

空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ─DAY23:「ラリ」って「サルプラ」? 

                                 機長:古川美和  実を言うと、私、3月初旬から9日間、オーストラリアに行ってきます。といっても遊 びではありません。2009年5月までに日本でも開始される予定の「裁判員裁判」、そ の研究のため、オーストラリアはシドニーで実施されている陪審裁判、そして警察での被 疑者取調べのビデオ録画等取調べ可視化の様子を視察に行くという、歴としたオシゴトな のであります。  で、あくまで「フライト日誌」な私のかわら版、本題は裁判員裁判についてではなく (裁判員にも是非関心を持って頂きたいのですが、詳しくはhttp://www.nichibenren.or. jp/ja/citizen_judge/index.htmlへ)、やっぱりオーストラリアでのグライダーの話にな るのでした。  オーストラリアは、実はグライダーがとっても盛んな国です。特に日本の学生グライダ ー界では、「安い(日本に比べれば)、近い(まあヨーロッパに比べれば)、飛びやすい (とにかく土地が広い!)」ということで、4年間の学生生活の間に平均3分の1の航空 部員はオーストラリアに行く、というくらいメジャーな国なんですね。  初ソロ(初めて単独飛行をすること)前にオーストラリアに行って初ソロに出て帰って くる、という利用方法もありますし、2,3年生で行って50km飛行をして帰ってくる 人も。日本では1週間の合宿で7,8回のフライト、1回辺り7,8分として飛行時間は 1時間ちょっと、というのが平均的ですから、お金と天候に恵まれれば10日間ほどで2 0〜30時間飛ぶことも十分可能なオーストラリアは、まさに夢の国。  オーストラリアへ飛びに行く=「ラリる」ことは、学生グライダー業界(?)で名を挙 げる最短ルート、通行手形として認識されているのです(使用例:あいつもうすぐラリる らしいで」「マジすか?やりよるな〜」)。  私はといえば、4回生の秋まで「国産パイロット」。逆に恵まれていたというべきか、 日本でもかなり集中的に飛んでいたので、「ラリった」同期のパイロットと比べても飛行 時間は多いくらいでした。  そんな私がラリったのは、4回生の12月。  毎年秋に行われる「東海・関西学生グライダー選手権」では、オーストラリアのワイケ リーグライディングクラブ・航空部のOB有志・当時日本に就航していたアンセットオー ストラリア航空などのご厚意で、優勝者にオーストラリアでのフライト合宿がプレゼント されることになっていたんですが、私はこの大会で個人準優勝。あー、オーストラリア逃 したなー、残念!とか思っていたら、実はプレゼントを受けられるのは「団体出場してい るチームの最優秀成績者」だったのでした。その年の個人優勝者は1人で出場(つまり個 人出場になる)していた宿敵M大主将のMくん。私は2人でチームを組んで「団体」とし て出場していたので、オーストラリア行きの切符は私の手に・・・。試合に負けて勝負に 勝ったというべきか、知らなかったとはいえ、すまんのMくん。  というわけで、ありがたいことにタダで行って来ました、オーストラリア。  行きの飛行機では外国人(おそらくオーストラリア人)パイロットに「オゥー、ミーた ちはグライダーパイロットなのでぇーす。コックピット見たいでえす」と怪しげな英語で お願いし、入らせてもらいました、操縦席。夜間飛行で、目の前に高く立ち上がる分厚い 積雲の固まりを、緩やかな旋回で縫うように交わして飛ぶジェット機。すごいすごい、ラ ピュタみたい!雲の合間から見えた星、あれは確かに南十字星だったと思う。普段グライ ダーで飛んでいるけれど、グライダーが風を切って進む手漕ぎボートだとしたら、ジェッ ト機は巨大な戦艦。でも、コックピット自体は狭くて親密で、夜と一体化しているようで、 ホントに本当に素敵!でした。  オーストラリアに着いたとたん、肌で違いを感じる熱く、乾いた風。ああ、日本とは違 うところに来たんだな、と。  グライダーで飛び上がると、その違いは一層はっきりします。とにかく視界の限り広が る、赤茶けた、平らな大地。大きく蛇行して鏡のように光る幅の広い川。  信じられないことですが、航空地図に記されている「アラワナ」とか、「ガルンダ」と かの地名は、「町」というより「農家」なんですね。飛んで行って上空から見ると、小麦 畑(或いは牧草地)の中に家とサイロがぽつんと立っているだけ、それが航空地図に記さ れているんですよ。  そういう農家、というかサイロを目印に飛んで行き、上空から写真を撮って帰ってきて 「そこまで行きました」「だから直線距離で●km飛びました」という証拠にするんです が、例えば滑空場から80km離れたサイロまで行く間に、同じようなサイロが途中で2, 3カ所あるかな、という程度。日本で言えば、大阪市内から大津辺りまでが見渡す限り牧 草地で、途中にある「山田さん家」と「田中さん家」を通り過ぎて「高橋さん家」に行っ て写真を撮って帰ってくるようなもんです。想像を絶します。私はなかったんですが、目 印がみんなサイロで似ているので、見落として間違ったサイロを撮って帰ってきてしまい、 フライトが無効になる、ということもしょっちゅうあるようです。  幸い天候に恵まれてほとんど毎日飛べたおかげで、私は初めてのオーストラリアで50 kmを飛び、300kmを3回飛び、500km飛行という国際滑空記章ダイヤモンド章 も獲得するなど、大きな成果を上げられました。ちょっとだけ自慢をすると、今はどうか はわかりませんが、初めてのオーストラリアで300km飛ぶというのも結構な成果でし て、それも飛んでいきなり500kmまで飛んでくるというのは、当時は「おお〜」とい う感じだったんですよ、えっへん。  まあ周囲の先生たちに恵まれたということもありますし、オーストラリアの上昇気流は 「猿でも上がれるプラス(上昇気流)」、通称「サルプラ」なんですけどね。  そんなこんなのオーストラリア。前回は、目覚まし時計が壊れていて、帰りの飛行機に 乗り遅れて次は3日後の飛行機しかなく、「ごめんなさい、えへへ」と実家に電話をした ら渡豪中に祖父が亡くなっていたことを初めて知った、という全く笑えない話もありまし た。  今回は、飛行機の乗り遅れだけはないように気を付けて行って来ます!                            弁護士 古 川 美 和 







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