空飛ぶ弁護士のフライト日誌 京都法律事務所
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空飛ぶ弁護士のフライト日誌ログ ─ DAY33:「胴体着陸伝説」

                      機長:古川美和  旅客機が「胴体着陸」をすると、事故扱いで大抵大きなニュースになります。  では、グライダーの場合はどうか?これがあるんです、「胴体着陸」。  そもそも、グライダーでよく使用されている「ASK-21」「ASK-13」といった 練習機には、脚を引き込む機構がありません。脚を胴体内に引き込む(=折り 畳んで収納する)のは、胴体からタイヤがピコッと出ていたら空気抵抗が増え るから、性能を上げるために胴体内に格納して、胴体下部を流線型にするため。 練習機はそこまで性能にこだわる必要がないので、「ASK-21」なんかだと「ノ ーズ・ギア(前輪)」「メイン・ギア(主輪)」「テール・ギア(尾輪)」と 3つのタイヤ(ギア)が出っぱなしなのです(※テール・ギアは「スキッド」 というこすっても良いタイプの金具が付いてるだけの場合もあります)。  しかし、大抵の上級機、つまり高性能機種にはノーズ・ギアはなく(高性能 機は大抵「テール・ヘビー」、つまり中心より後ろに重心があるため、前のめ りになることはないからです)、メイン・ギアが格納できるようになっていま す。(テール・ギアがないと地上でのハンドリングに困るので、テールの下に 空いている穴に一輪車のタイヤみたいな「ドーリー」を差し込み、動かします)  そこで、高性能単座機に乗り込んだ場合、曳航策を離脱した直後にギアレバ ーを引き上げ、「ギア・アップ」します。この、ギアを上げたときの快感とい うのも何ともたまらないもの。胴体の後ろの方で「ググッワグァチャン、ドゥ ン」というような断末魔のきしみのような一瞬不安を誘う音はしますが、その とたん、抵抗がなくなったグライダーは「すぅーーっ」とまるで2〜3m羽ば たいて上昇したかのよう。まさに解き放たれて、「ああ〜、これ、これよね。 やっぱグライダーはタイヤが出てたらあかんね」と思ってしまします。  その余韻を楽しみつつ、無線で「319(機体のコールサイン)離脱高度4 00(メートル)、チェック・ギアアップ」などとコール。    反対に、空の散歩を楽しんで、上昇気流に乗れずに(或いは上昇気流そのも のがなく)「しゃーないなあ」と帰投するときには、着陸態勢に入るわけです から、上げていたギアを下ろし、ロックします。その際は、滑走路横のチェッ ク・ポイントで「319場周しまーす(ああ、屈辱)、チェック・ギアダウン・ ロック」と言うわけです。    ちなみに、この無線での「チェック・ギアアップ」「チェック・ギアダウン・ ロック」は、上級単座機でないと通常は(一部の大学には、脚の引き込みの練 習用に引き込み脚が付いている初級機があるところもあります)言えないわけ で、下級生にとってこれを無線で言う、というのがまた憧れの的なのです。  さて、無線でわざわざ「チェック・ギアアップ」「チェック・ギアダウン」 などと言うのは、脚を出さずに着陸してしまったら大変なため、地上からも、 パイロットが忘れていないかダブル・チェックをするためだというのは皆さん もおわかりでしょう。  しかし、しかーし、時にはギアダウンを忘れてしまう、さらには「チェック・ ギアダウン・ロック」と口では(無線では)言っていながら、実はやってなか ったとか、そういうちょっぴりおちゃめなパイロットというのも数年に1度は 出没するものです。    そういう場合はどうなるか。メイン・ギアが出ていないわけですから、グラ イダーは美しい流線型を描いてグラマラスに膨らんだその腹部を地面にこすり つけながら着陸する、文字通り「胴体着陸」になってしまいます。  ギアを下ろさずに着陸してくる機体を発見したときの機体係としては、「ギ ャーーー、やめてーーーっっっっ!!!!」と声にならない悲鳴を上げるしか ありません。こすりつけられた腹部には、当然脚の引き込み機構と胴体カバー という、デリケートかつ繊細な(つまり割とよく壊れる)部分があり、胴着す ると大なり小なり壊れてしまう・・からです。ああ、そしてそれが競技会前だ とかになるとさらに大変、担当する機体係が夜っぴて修理することになります。    ちなみに、私が4年間の現役生活の中で目撃した唯一の胴体着陸は、先輩の Mさん。我が大学で唯一の、そして最愛の最上級機Astir(アステア)Vbが 胴体着陸したとあっては、ランウェイ中に声なき悲鳴が響き渡ったことは言う までもありません。  救いは、地面高度0mで失速した美しいストール・ランディングであったた め損傷が少なかったことと、M先輩自身がこのアステアの機体係だったので、 ご自分も修理に加われたことでしょうか・・・。    このように、航空機ほど大事故としてニュース扱いになるわけではありませ んが、学生グライダー界においても、「胴体着陸」は部内伝説として末代まで 語り継がれてしまうのでした。                         弁護士 古 川 美 和 




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