空飛ぶ弁護士のフライト日誌
空飛ぶ弁護士のフライト日誌
─ DAY37:もしも時間を巻き戻せるなら〜その2
機長:古川美和
私の最後の、つまり大学4回生の全国大会、5日目。
前日の不時着ラッシュ後も競技は続く。ただし、タスクは41Kmの
ロングタスクなどさすがに出ず、1周25Kmのショートタスクだった。
その日は高気圧の後面、つまりいわゆる「下り坂」で、何というか、
不思議な気象条件。空は湿った空気が入りつつあることを示す、上層の
巻雲、中層の高積雲。こういう雲は、下層の上昇気流とは関係なくでき
ている雲なので、空を見てもどこに上昇気流があるかはわからない。
だから必然、地上の地形、たとえば熱源となるような工場や畑の土の
色、それから各地から出ている煙突や野焼きなどの煙のたなびき方、あ
とは「尻バリオ」、つまり機体=お尻が持ち上げられる感じを大切にし
ながら、上昇気流を探していくことになる。
飛び立つと、地上から暖められた空気が上っていく「熱上昇気流」は
あるにはあるのだが、サイズが小さい。
一つの上昇気流帯、何となく「持ち上がっている」空気のかたまりが
ある辺りの中に、小さいあぶくのような上昇気流がポコポコとあって、
安定したバンク=旋回の傾きでくるくる螺旋を描きながら上昇していく
・・・ということはとてもできない。
イメージとしては、グライダーが火に掛けられた丸い片手鍋の中でく
るくる円を描いて回っているとして、鍋の中に沸騰してボコボコ上がっ
てくる泡に乗ろうとしても乗れない状況、というところ。
それでも、私の愛機は何とか離脱高度=切り離されたときの高度より
上昇し、ランウェイ北東にある第1旋回点はクリアした。
ランウェイ近くの利根川水門上空で、再びサーマル(熱上昇気流)に
ヒット。もがきながらも何とか上がっていくが、安定していないため上
昇率は悪い。
その時だ。ふと下を見ると、地上の煙が、左側の煙は右側に、右側の
煙が左側に、それぞれたなびいている。地上の風が一方向から吹いてい
るとするならば、煙は同じ方向にたなびくはずなのに、反対、しかも一
点から吹き出す方向ではなく、吹き込む方向にたなびいているのだ。
これを見て、私は思った。「あの煙が吹き込んでいる中心に、上昇気
流がある!!」
私は今いる上昇気流の中を出て、ふらふらとその煙のたなびいている
中心の方向へグライダーを向けた。まるで夢を見ているようだった。
そしてその中心部分にたどり着いたとき・・・空気は全くの静穏だっ
た。上昇気流のかけらもなかった。慌てて元の上昇気流の方に戻ったが、
既に持ち上がっている空気はずっと上の方に行ってしまっているのか、
過ぎ去った泡のなごりである、やや乱れた空気が残っているばかりだっ
た。
そのまま上がれそうな上昇気流がみつからないまま、高度はジリジリ
と下がり、・・・着陸してしまった。
結局この日周回(第1旋回点・第2旋回点ともにクリアして、ランウ
ェイに規定高度以上で帰投し、ゴールすること)できたのは2機のみ。
1ポイントクリア(第1旋回点のみクリア)した機体も確か4、5機だ
った。
前日までの私の個人順位は2位であり、この日のポイントによっても
それは変わらなかったが、私としてはこの日、もっと言えば煙に誘われ
てあの上昇気流をふらふらと出てしまったその時点で、この全国大会の
趨勢は決していたのだと思う。
今でも、あの上空から見た煙のたなびき方、吸い寄せられるようにそ
ちらへ向かっていった光景を夢に見る。
「そうじゃないよ、そっちじゃない。」私は必死で願うけれど、あの
ときの私はやはり出て行ってしまう。上昇気流のない、静穏な空へ。
それは何か、私という人間存在の根底に根ざした宿命のような、そん
な気すらしてしまう。
そんなわけで、私の「もしも時間を巻き戻せるなら」ポイントは、あ
の1997年3月5日、全国大会5日目のフライト直前、なのだ。
弁護士 古 川 美 和
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