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患者の権利 その2
前回は、患者の権利について理念的なことを書きましたが、今回は、患者の権利を実践
する医療現場の実態について統計資料等を基に思うところを書いてみました。
【要約】
医療現場の労働実態は過密労働の状態にある。そうしたことが行き届いた診察やケアの
実施を妨げており、医療従事者は皆疲弊している。患者のためという思いからこれまで個
人の努力でカバーをされてきた部分があるが、それすら限界に来ている。これまで、政府
がおこなってきた医療制度改革は、患者・医療従事者の実態を踏まえたものとは到底言え
ない場当たり的なものである。患者の権利を医療現場で実践してゆくためには、患者や医
療従事者の立場に立った抜本的な政府による医療制度改革が必要である。
第1 貧弱な日本の医療制度
1.少ない人員
先進欧米諸国と比較した病床あたりの医師、看護師の数及び在院日数。極端に少な
い医師、看護師の数で欧米並みの医療水準を強制されているのが日本の実態である。
少ない人員で多数の患者の診療に当たれば、行き届いた診療やケアができずに入院
日数も伸びてゆく、患者の権利を保障する上でも十分な説明の時間がとれず、医師と
患者の信頼関係を築くのを困難にしている。多忙の中で、限界を超えた過密労働がミ
スの発生を増大させている。
2.過酷な勤務態勢
日本医労連による2006年の看護職員の労働実態調査では、「最近、看護業務量が
増えた」という回答が62.7%、「就業時間後の仕事時間が1時間以上」が5年前の
33.5%から44.1%に、「年次有給休暇の取得が年間5日未満」も5年前の20.
8%から30.9%へと増加をしている。
経営者は患者のために現状の枠の中で何とかがんばって業務をこなすことを求め、
看護師も患者のためならということで先進諸国の看護師の2人分、4人分の仕事をこ
なす技術を身につけてきている。それは患者のがまんと看護師の犠牲の上になりなっ
ている異常な実態といわざるを得ない。医療従事者自らの人権が守られれていないこ
とには、患者の人権も守られるはずがない。
3.看護師の現状
上記日本医労連による調査では、看護職員が疲れ果て、退職などバーンアウト(燃
え尽き)が進行するという看護師不足の悪循環に陥っていると分析されている。平均
年齢35.9歳という若い集団でありながら、健康不安が64.7%、慢性疲労が7
7.6%に上っている。そして、「仕事を辞めたいと思う」という回答が73.1%
にも達している。やめたい理由は「仕事が忙しすぎるから」37.0%、「仕事の達
成感がないから」22.0%、「本来の看護ができないから」17.4%である。
4.ニアミスアンケート結果
上記日本医労連による調査では、「十分な看護が提供できている」という回答はわ
ずか8.1%にとどまり、その理由としては「人員が少なすぎる」55.7%、「業
務が過密になっている」53.9%がぬきんでて高くなっている。そして、「この3
年間にミスやニアミスを起こしたことがある」が86.1%にも達し、医療事故の原
因としては「医療現場の忙しさ」が84.1%の高率で上げられている。
5.政府の施策
(1)政府は財政危機を理由に、医療制度改革の名の下に、医療費の国庫負担削減のた
め、診療報酬の引き下げ、患者の自己負担割合の引き上げ、国立病院の医師の採用枠
の削減、病院のベッド数削減等の施策を次々に実施してきた。
(2)最近国会に提出された医療制度改革関連法案も、@現役並みの所得のある70歳
以上の高齢者の窓口負担を2割から3割にする、A70歳〜74歳の高齢者について
は、一律1割負担を2割負担とする、B70歳以上の高齢者に食費、居住費の負担を
課す、B看護療養型医療施設について、現在のベッド数、医療介護型合計38万床を
医療型15万床に削減する、というものであった。
第2 法律、制度は何のためにあるのか
1.病院経営維持のため、病院はありとあらゆる経営努力を行い、他方、医療従事者も、
長時間過密労働に耐えてきた。しかし、そうした医療従事者の努力も限界に来ている。
そして、そうしたしわ寄せが患者に対する医療行為に現れ始めている。現在の医療の
状況は、患者のがまんと看護師の犠牲の上になりたっている異常な実態であり、既に
現場にいる医療従事者個人の努力では解決できない問題となっている。
2.法律は何のためにあるのか。
そもそも、法律は絶対動かないものというイメージが強い。でもそれは全くの間違
いで本当は、法律は、憲法の目的を達成するための手段に過ぎない。その目的を達成
するために不合理であれば、常に適合的に変えていかなければならない。法律の上位
規範は憲法であり、政府は憲法を守らなければならない立場にある。
しかし、民主主義を採用している以上、国民が声を上げていかなければ、政策も変
わっていかない。国民の多くは今の医療従事者や医療現場の実態をほとんど知らされ
ていない。これを変えていくためには、医療従事者や医療現場にいる人が今の医療現
場の実体を伝えて行かなければならない。本当に患者の権利を実現するためには、そ
うしたことを通じて医療従事者や医療現場の実態を改善して、初めて患者の権利が実
現できる素地が作られるのではないかと思う。
弁護士 黒 澤 誠 司
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