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黒澤弁護士の"知ってますか"


貧困な日本の住宅政策

1.戦後の住宅政策   戦後の住宅政策は、住宅金融公庫、公営住宅制度、日本住宅公団(→住宅・都市整備公  団→都市基盤整備公団→現在の独立行政法人都市再生機構)の3本柱であった。  住宅金融公庫:持ち家政策。  日本住宅公団:民間資本導入。勤労者を対象にした中堅者用の公共住宅の建設。  公営住宅:住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で良質な住宅を供給する。  昭和41年、「住宅建設計画法」が制定され、5年ごとに目標を明示して住宅建設の計画  を立てることとされた(住宅建設五カ年計画)。 2.日本における住宅政策の基本的な考え方 (1)住まいは人権との考え方   住まいは憲法25条が保障する生存権の土台となる重要な人権であり、住まいの保障は政   府が行うべき。   1996年、トルコのイスタンブールで第二回国連人間居住会議が開催され、イスタンブ   ール宣言が出された。宣言は居住の権利をもっとも重要な基本的人権として認定している。   参加171カ国が合意し、日本国政府も調印をした。 (2)日本政府の住宅政策の基本的な考え方   恩恵的住宅政策:住まいは、国に恵んでもらうものではなく、自分の努力で確保するもの   だ。ただし、そういう能力のない人に対しては行政が支援しましょうという恩恵的住宅政   策。   持ち家政策:日本における住宅政策は、民間資金を動員した建設戸数主義が採られてきた   ため、持ち家政策としての住宅金融公庫政策と民間資本導入による公団住宅建設政策が重   視され、公営住宅は付随的・補充的な役割しか与えられなかった。   もし、住宅政策を国民の福祉実現のための福祉政策という観点からとらえるならば住宅政   策の重点の置き所は公営住宅が中心になるはずであったがむしろ逆であった。要するに借   家は過渡的なものだから質が悪くても構わない、狭くて困るなら早く出て行きなさい、自   分で頑張って持ち家を買いなさい。   戸数主義:住宅供給というのは戸数さえ増やせばいい、狭かろうが質が悪かろうが立って   いるところが遠かろうが、どうでもよい。とにかく目的の戸数を建てればよい。 3.住宅政策の改悪 (1)1995(平成7)年住宅宅地審議会(建設大臣の諮問機関)住宅政策の大きな転   換点   住宅取得は個人の甲斐性だから、公共の住宅投資はできるだけ押さえるべき、公営・公   団・公庫という公共住宅政策は改めるべき。市場原理に力点を移すように答申。   2000(平成12)年住宅・宅地審議会 「21世紀に向けての新しい住宅政策の考え   方」を発表。これからの住宅政策は、「市場原理」、「民間活力の活用」、そして「自助   努力」で進める。従来、公営、公庫、公団という形で行ってきた公共が主体となる住宅政   策は時代遅れである。 (2)1996(平成8)年 公営住宅法の改悪。   公営住宅の対象層を原則的には経済的弱者や高齢者だけに限定する。家賃についても同じ   規模同じ質の民間家賃の相場に合わせて公営住宅の家賃を決める。   改訂の理由として政府は「本当に困っている人が公営住宅に入居できないでいる。」「公   営住宅に入って収入超過している人がたくさんいるのではないか」など現在の公営住宅の   矛盾の一部を指摘している。安い家賃の公営住宅でぬくぬくとした生活をしている人を追   い出して本当に困っている人を入居させるべきだということを表向きの理由としている。   しかし、近年公営住宅に入れない人が増えてきている本当の理由は、公営住宅の供給量が   どんどん減らされてきたことにある。   2005年12月「公営住宅法施行令の改正」通知、@収入基準を少しでも超えたら家賃   を引き上げて民間並みの家賃にする。A単身入居の年齢基準を50歳から60歳に引き揚   げる。   「公営住宅管理の適正な執行」通知、@入居の名義人が死亡や離婚で居なくなった場合、   三親等まで認められていた入居の継承を原則配偶者に限る。A少人数世帯になった場合は   家賃を値上げする。   公営住宅については、「建てず、入れず、追い出す」と言われているように、公営住宅の   管理、入居制度の改悪が提起され公営住宅はホームレス、身体障害者、1人親家庭、DV   被害者などを優先的入居させる救貧施設化が進められようとしている。公営住宅の供給を   「セーフティネット」対策に矮小化すれば、全くの救貧対策となり国民の居住を保障する   ことにならない。 (3)都市基盤整備公団の廃止   都市基盤整備公団の廃止   2004年都市基盤整備公団が廃止され、新たに独立行政法人都市再生機構が設置された。   新規賃貸住宅の建設から撤退し、整備した敷地を民間業者に賃貸する業務を行う。「民間   にできることは民間に任せる」という目的。   もともと公団は、勤労者を対象にした中堅者用の公共住宅の建設を目的。しかし、公団の   事業資金となる原資について政府の投資がほとんどなされず、事業活動を借金でまかなっ   ている。そのため、住宅・都市整備公団のたてる分譲住宅は値段が高く、家賃も高いので   売れ残り、空き家だらけという現状が一部にあった。しかし、公団の廃止や民営化を行え   ば、本来、公団が供給使用としていた都市の中堅勤労者に対するやすい住宅の大量供給の   ための環境が整うのかということである。 (4)住宅金融公庫の廃止   平成19年4月に住宅金融公庫は廃止され、新たに独立行政法人住宅金融支援機構が設置   される。   独立行政法人に移行した後は、個人向け融資業務は縮小し、民間金融機関による長期・固   定金利の住宅ローン提供を支援する業務が中心となる。具体的には、民間金融機関の住宅   ローン債権を買い取り、証券化して投資家に販売する。   住宅金融公庫は、長期・固定・低金利の融資で、高度成長期の住宅難の時代、民間の住宅   融資制度が整備されていない時代を中心に労働者などの持ち家取得に貢献してきた。公庫   を利用している人の約半分は市中の金融機関からの融資を受けられなかった人という実体   がある。今後一般庶民は家を持てなくなる。   *独立行政法人:各省庁から政策の実施部門を切り離し、独立の法人格をもった組織とし   て政府が設置する。特殊法人の多くが移行する。 4.住生活基本法 (1)住生活基本法   2006年6月2日住生活基本法可決   戦後の住宅政策の枠組みを支えてきた住宅建設計画法を廃止して「住生活基本法」にかえ、   住宅政策の大転換を仕上げようとしている。   国民の権利が明記されていない。住まいの確保が国や自治体の責務であると記載されず、   努力義務としての記載しかない。   住宅建設計画法の骨子は、国民だれもが人間らしい最低限度の住居が得られるよう国の責   任で、居住水準の設定、居住費負担の適正化、公的住宅供給制度の役割等について目標を   定め、その実現をめざして住宅建設5カ年計画を立ててきた。小泉内閣になって公団住宅   制度や住宅金融公庫の廃止をはじめ公共住宅制度の縮小、借家法の改悪を進めてきた。   「住生活基本法」はこの流れの到達点と見ざるを得ない。 (2)住生活基本計画案   基本計画では、住宅の民間市場化が打ち出されて「居住の安定確保」の理念に逆行する施   策の内容となっている。公共、公営といった文言が消えており、はじめに民間市場化あり 5.私見  国民の「住まい」に対して公共が手を引き、公共責任をなくして市場原理に委ねていくこ  とは、国民の生活を根底から危うくすることにならざるを得ない。  「勝ち組」と言われる人達は良質な住宅に行き着くことが出来るが、「負け組」と言われ  る人達は非常に粗悪で危険な住宅に住まわざるを得ない。一方で非常にリッチな住宅が供  給され、それが飛ぶように売れ、一方でかってなかったほどホームレスが路上にあふれて  いる。そういう住宅供給、住宅政策が進められている。  今政府が進めていることは、「住宅の確保は市場原理で又自助努力でやってください。」  「公営住宅もこれ以上いりません。」「公団も住宅建設をやらなくともいい。」「住宅金  融公庫の融資も民間の市中銀行にやってもらったらどうですか。」ということに他ならな  い。もはや国としての住宅政策はないに等しい。このような状況下では国民の健全な住ま  いは守られないと言わざるを得ない。こうした日本の貧困な住宅政策の流れは先にNo.6  に書いた借地借家法正当事由の危機と密接に連動しており、今後住宅面での格差社会がま  すます助長されることを深く憂慮するものである。                             弁護士  黒 澤 誠 司