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「癌の告知義務」
【事案の概略】
Aは胆のう癌と診断されたが、医師は、告知による精神的打撃と治療への悪影
響をおそれて、Aに説明せず、精密検査後、家族の適当な者に説明することとし
た。その上で医師はAに対し、「胆石がひどく胆のうも変形していて早急に手術
をする必要がある」として入院を指示したが、Aが出張等を理由にこれを拒否し
たため出張後入院することとなった。
ところが、Aは出張後も家庭の事情により入院を延期をするなどし、連絡をと
らなくなった。その後Aの病状が悪化し、死去した。
Aの遺族は癌の告知をしなかったことが診療契約違反であるとして提訴した。
【裁判所の判断】
上告棄却(最高裁平成7年4月25日判決)
最高裁は、上記事案について次のように判断した。
「昭和58年当時医師の間では、癌については、真実と異なる病名を告げるの
が一般的であった」「Aへの精神的打撃と治療への悪影響を考えて、癌の疑いを
告げず、重度の胆石症と説明して入院をさせようとしたのはやむを得ない措置で
あり、不合理であるということはできない」「およそ患者として医師の相談を受
ける以上、十分な治療を受けるためには専門家である医師の意見を尊重し治療に
協力する必要があるのは当然であって、本件において医師がAおよびその夫に対
し胆のう癌の疑いがある旨の説明をしなかったことを診療契約上の債務不履行に
当たるということはできない。」
【解説】
本判決は、事例的判断であり、一般化することはできないが、具体的経過に鑑
み告知をしなかったことに過失はないと判断をしている。患者の自己決定という
観点からはその前提となる情報の開示は不可欠であるが、当該情報提供を行うこ
とによる患者への悪影響との対比が必要となる難しいケースである。
本件は昭和58年当時の事件であり、インフォームド・コンセントが広く言わ
れるようになった現時点とは状況が異なり、且つ事例判断であることから一般化
できないが、医療機関にとっても、患者にとっても悩ましい問題であることは今
も変わりない。
参考:別冊ジュリスト 医療過誤判例百選(第二版)有斐閣28頁
弁護士 黒 澤 誠 司
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