- ホーム >
ルンバールのショックによる脳出血事件〜因果関係の立証責任の軽減
【事案の概略】
Aは化膿性髄膜炎の治療のためルンバール(腰椎穿刺による髄液採取とペニ
シリンの髄腔内注入など)を約20分間にわたり施行したが、Aは痙攣発作を
起こし、その後、右半身痙攣性不全麻痺や言語障害を発症し、さらに知能障害
や運動障害も発症した。Aは本件ルンバールによって脳出血が生じ、それが原
因となって本件発作が発症し、さらにその後の病変も生じたとして提訴した。
病院側は、本件発作とその後の病変は化膿性髄膜炎の再燃によるものであり、
本件ルンバールとの間の因果関係はないと主張した。
【裁判所の判断】
最高裁は次のように判断し、原告の請求を棄却した原審を差し戻した。
「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明では
なく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を
招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、
通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを
必要とし、かつ、それで足りる。」
【解説】
損害賠償請求が認められるためには、医療行為に過失が存在すること、結果
が存在すること、過失行為と結果との間に因果関係が存在することを立証しな
ければならない。
本件判決は、医療過誤訴訟における因果関係の認定・判断においてよく引用
されるルンバール最高裁判決である。訴訟上の因果関係の立証を、一点の疑義
も許されない自然科学的証明であるとすると過失行為と結果との間の因果関係
を立証しなければならない患者側に、極めて過酷な結果をもたらすことになる。
本件判決は、訴訟上の因果関係の立証は、自然科学的証明とは異なり、「経
験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した
関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が
疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、
かつ、それで足りる。」と判断し、患者側の因果関係の立証責任の程度につい
て明らかにした。
本件判決により患者側の因果関係の立証の困難性が大きく軽減されたという
ことはないのかもしれないが、最高裁が経験則の適用により因果関係の判断を
なしうる点を明言したことにより、後の医療事故訴訟に与えた影響は大きい。
参考:別冊ジュリスト 医療過誤判例百選(第二版)有斐閣48頁
弁護士 黒 澤 誠 司
<トップページへ>