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腰椎麻酔ショック事件〜医療水準
【事案の概略】
Aは虫垂切除手術を受けたが、その際実施された腰椎麻酔のショックにより重
篤な後遺症を残した脳機能低下症となった。Aは病院に対して損害賠償を求めて
提訴した。
【裁判所の判断】
最高裁は、本件で争点となった医師に課される注意義務及び医薬品の添付文書
について次のように判断した(平成8年1月23日最高裁判決)。
医業従事者には危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務が要求さ
れ、医師の注意義務の基準となるべきものが一般的には診療当時のいわゆる臨床
医学の実践における医療水準であり、臨床医学の実践における医療水準は、全国
一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく、診療に当たった当該医師の
専門分野、所属医療機関の性格、地域の医療環境等の諸般の事情を考慮して決せ
られるべきものであるとした上で「医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)
となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致
するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医
療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。」と判示した。
【解説】
損害賠償請求が認められるためには、医療行為に過失が存在することが前提と
なる。過失とは医療機関に課される注意義務に違反することであり、過失の有無
を判断する前提として医療機関にどのような注意義務が存在するのかがまず問題
となる。
本判決は、従前先例として確立されてきた考え方を前提に、診療当時のいわゆ
る臨床医学の実践における医療水準と平均的医師が現実に行っている医療慣行を
区別し、両者は必ずしも一致するものではなく、医療慣行が医療水準に達しない
場合その医療慣行に従った治療行為が直ちに医師としての注意義務を尽くしたこ
とにはならないことを明確にした。
医療事故訴訟では、医療慣行に従った治療を行っているので問題がないとの主
張がなされることがあるが、本判決は、広く医療水準と異なる医療慣行に安易に
従うことへの批判の趣旨を含むものと理解できる。
参考:別冊ジュリスト 医療過誤判例百選(第二版)有斐閣90頁
弁護士 黒 澤 誠 司
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