交通事故に遇って後遺障害が残った場合あるいは死亡したような場合、その程度に応じて「逸失利益(いっしつりえき)」の賠償を請求することができる場合があります。
「逸失利益」とは、被害者が、もし交通事故に遇わなければ、将来得られる可能性がある利益のことを言います。
「逸失利益」の計算は、現実に働いている人が事故に遇った場合には、被害者本人の事故前の収入が計算の基礎となります。
また子どもや専業主婦など働いていない人の場合には、賃金センサスという平均賃金が基礎となります。
今回は、聴覚障害のある児童についての逸失利益をどう算定するかが争われました。
2023年2月27日、大阪地裁は、交通事故で死亡した聴覚障害のある児童(女性、当時11歳)の逸失利益の算定について争われた裁判で、全労働者の平均賃金の85%と判断しました(原告は控訴)。
原告である両親は、全労働者の平均賃金から算定するように求め、被告側は聴覚障害者全体の平均賃金(健常者の約6割)をもとにすべきと主張しました。
判決は、「聴覚障害が労働能力を制限しうることは否定できない」と判示して、週30時間以上働く聴覚障害者の平均賃金が全労働者の約7割である状況を考慮し、更に、障害者の進学や就労が進んでいることなどで将来平均賃金の上昇が予測されるとして、全労働者の85%を算定基礎としました。
子どもらには無限の可能性があり、一律に決めるのは不可能と言ってよいでしょう。弁護士の中にも、聴覚障害や視覚障害などの障害を有しながら活躍している人もいます。
このような判決を目にすると、過去、男女の逸失利益の算定にも差別があったことを思い出します。
私が弁護士になった頃は、同じ事故で同じ年齢の男児と女児が死亡しても、女児は女性労働者の平均賃金で逸失利益が算定されていたため、賠償金額にすごく差が生じました。
それを変えたのは、2001年8月20日の東京高裁判決でした。
判決は、将来の就労可能性の幅に男女差はもはや存在しないに等しいと指摘し、年少者の備える属性のうち性別という属性のみ取り上げることが合理的な理由のない差別であると判示しました。
そして現在、女児についても全労働者の平均賃金をもとに算定されています。
厚生労働省の調査によると、2022年6月時点で民間企業で働く障害者は61万3958人で過去最高だったそうです。
障害者の雇用が広がっている状況を踏まえた判決が求められていると思います。