ブログ マチベンの日々
昨日の朝、出勤して事務所の前まで来ると、事務員さんが手に松の枝を持って立っていた。
聞くと、事務所の近所の住宅の庭で、植木屋さんが庭木の剪定をされており、正月用に使えないかと切られた松の枝をもらったとのこと。
すぐに私も、そこへ行ってみた。
トラックの荷台には、選定された枝が山積みされ、庭にある高い松の木の上では、オッチャンが一人で作業中。
「どれでも好きなだけ持って行きな~」
荷台を見ると、サツマスギ(?)の枝がある。
クリスマスの飾り付けに使える!と思い、何本かいただいた。
実は、今年は、クリスマス用の花を花屋まで買いに行く余裕がなかなかなく、パスしようかなと思っていた。
事務所に戻り、早速、スワッグの作成にかかる。
スワッグの作成と言っても、昨年、友人のTさんが作ってくれたスワッグ用のオーナメントは保管してあったので、私がしたことと言えば、スギを適当に切りそろえ、オーナメントを取り付けただけ。
早速、事務所の入り口の壁に飾る。
受付にも、クリスマス用の飾りを置いた。
すっかりクリスマスモードとなった。
とってもエコなクリスマス。
本棚の片づけをしていたら、一昨年亡くなった友人Mさんから生前「すごく良かったから」といただいた本「十二番目の天使」を見つけ、まだ読んでなかったことに気が付き、早速、読んでみた。
「十二番目の天使」という本は小説で、2001年に初版が発行され、2005年には90万部を突破し、本の帯に「90万人の人が涙を流しました。」と書かれてあった。
オグ・マンディーノという著者も知らない。
「本当かなあ?」と半信半疑で読み始めた。
コンピューター会社の最高経営責任者にまで上り詰めたジョン・ハーディングは、故郷であるニューハンプシャー州のボーランドという町に妻と一人息子と共に帰り、華々しい歓迎のセレモニーが開かれた。
しかし、その2週間後、妻と息子は交通事故により即死し、ジョンは、生きる希望を失い、拳銃に弾丸を込めた。
そこへ訪れたのが幼なじみで親友のビル。リトルリーグの仲間でもあった。
ビルは、ジョンに、ボーランド・リトルリーグのチームの監督を依頼し、ジョンは引き受けることになる。
ジョンのチーム「エンジェルス」に入ることになった12人の少年たち。
その中に、動きがにぶくバラバラで、ボールも取れない打てない11歳の男の子ティモシー・ノーブルがいた。
しかし、ティモシーは、決して落ち込まず、彼の口から出る言葉は「毎日、毎日、あるゆる面で、僕はどんどん良くなっている!」「絶対、絶対、あきらめない!」
そして、リトルリーグ4チームの公式戦が始まる・・・・
半信半疑で読み進めたが、最後は、もう涙、涙だった。
ティモシーという天使のような少年に、ジョンと同じく、心から「ありがとう」と言いたい気持ちだった。
ガンの告知を受けても、最期まで前向きに生きたMさんの姿にも重なるようだった。
12月11日(日)は、Angel Kitchen料理教室。
今日のメニューは、クリスマスパーティーレッスン。
参加者の皆さんたちとは、もうすっかりお馴染みさんとなって、ワキアイアイな雰囲気。
キッチンはクリスマスの雰囲気満点の飾り付け。
Aちゃん先生も、スノーマンのイヤリングに、赤い洋服・赤いエプロンと、すっかりクリスマスガール。
●ビ~風ストロガノフ
肉じゃない「ある物」を使った本格的なストロガノフ。
「ある物」を冷凍庫で1度凍らせてから解凍して使う。
こんな料理の仕方があるんだと目が点!
●ツリーバターライス
ストロガノフには、やっぱりバターライスよね。
でも、AK教室では、バターじゃなく、豆乳マーガリンを使う。
そして、作ったライスを、Aちゃん先生がワイングラスを型代わりにして詰め、ツリーを作ってくれる。
●スノーマンポテトサラダ
ポテトサラダは、豆乳マヨネーズで。
冷めたら、手作りのスノーマンを作る。
皆、個性的でカワイイ!
●ホワイトクリスマスシチュー
野菜たっぷりのホワイトシチュー。
これまで市販のルーを使って食べていたシチューは、いったい何だったの?と思うほど、野菜のうまみが溶け込んでいる。
●ジンジャーマンクッキー
デザートは、しょうがパウダーやシナモンパウダーが入ったクッキー。
クッキー作りは、初体験。
ジンジャーマンクッキー型で抜いて、皆、思い思い、個性的な顔やスタイルに。
できあがりは、お土産に。
今回が、今年最後の料理教室だった。
今年4月、当時、小学生だったAちゃんと何十年ぶりかの再会を果たしたばかりなのに、なんか、もうずっと前から教室に通っているような錯覚に陥る。
食に対する考え方、素材の扱い方や健康に良い料理の仕方など、とても勉強になり、私の食への興味はまますます刺激されて広がっている。
来年も楽しみ!
ワンオペ育児・・・・今、そんな言葉がツイッターなどで広まっているそう
牛丼店などで従業員一人がすべての業務を切り盛りすることで問題となった「ワンオペ(オペレーション)」が語源で、育児や家事を一人で担い、破綻寸前の状況を指す。
背景には、ひとり親や単身赴任の家庭が増えているほか、長時間労働で夫が不在がちのため、妻が実質的に一人で育児と家事を担わざるを得ない事情もあるという。
気軽に相談できる友人もなく、残業続きの夫にも悩みを打ち明けられず、うつ状態になる人もいる。
また、総務省の平成23年社会生活基本調査によると、共働き家庭において1日あたり家事に費やす時間は、男性は子どもの有無にかかわらず十数分であるのに対し、女性は子どもがいない場合は150分、子どもがいる場合は207分となっている。
最近は「イクメン」の増加で、育児については積極的に参加する男性が増えているようだが、家事については、共働きでも大半は女性が担っている。
「女性の社会進出」が叫ばれ、家電製品の機能が向上しても、社会が女性を応援するしくみが相変わらず貧困なため、家庭の中でも、あいかわらず、私たちが若かった頃とあまり変わりがない役割分担が続いていることを実感した。
久しぶりに劇場で映画を観た。
12月16日まで京都シネマで上映中のドキュメンタリー映画「はじまりはヒップホップ」。
以前、京都新聞にこの映画の紹介が掲載されていたので、是非とも観たいと思っていた。
そして、思っていた以上の感動を味わった。
舞台は、ニュージーランドのワイヘキ島。住民8000人くらいの小さな島だ。
そこに、60代から90代まで平均年齢84歳の高齢者のヒップホップグループがある。
グループの名前は、「ヒップ(=腰痛)オペレーション(=手術)」。
彼らのグループが、毎年アメリカのラスベガスで開かれるヒップホップの世界大会に特別出演することになる。
2013年のこと。
でも、アメリカまでの旅費が、体調が、家族が・・・
悩みを乗り越えて、助け合って、可能なメンバー20数名が渡米して世界大会に出場。
10代の若者らからは、割れるような拍手喝采。
感動!感動!
笑いも涙もある、まるでドラマのような展開。でも、本当にあった話。
出演者の内の数名が映画上映に合わせて、日本にも来たらしい。
バアちゃんたちは、家にこもらないで外に出ることが好き、人と接することが好き、何か新しいことに挑戦することが好き、と語る。
それが若さの秘訣。
そんなバアちゃんたちを暖かく応援する若者の姿も素敵!
いくつになっても輝いて生きていきたい・・・
そう思わせる映画だった。
「ゆず」をたくさんいただいたので、ゆず風呂にしてみることにした。
初体験。
まず、ゆず4~5個をまるごと洗濯ネットに入れて、湯船に浮かべてみた。
あまり匂いはしない。
そこで、ゆずの皮を少し裂いてみる。
香りが広がり、お湯も柔らかくなった感じ。
いい気持ち・・・
柑橘系の香りが浴室全体に漂っている。
風呂から出た後も、ホカホカ。
長年、京都に住んでいても、まだ訪れたことがない場所はたくさんある。
嵐山の「千光寺」もその1つ。
「千光寺」は、嵐山の山の中腹にある寺で、そこからの眺めが絶景であることをテレビで観て知った。
今、嵐山は、紅葉シーズンで、たくさんの観光客が押し寄せている。
そんな人混みの中に出かけるのにはやや躊躇を覚えたが、できれば紅葉の嵐山をそこから見たいという思いが強くなり、11月26日土曜の快晴の朝、嵐山に出かけた。
阪急嵐山線の電車は、想像どおり、ほぼ満員状態で、午前9時前に嵐山駅に着いた。
しかし、ほとんどの乗客は、渡月橋方面に向かい、保津川の右岸を歩く人はまばら。
舗装された川岸の道をどんどん遡っていく。
保津川には観光船やボートが浮かび、左岸は太陽の光を浴びて、紅葉の赤がまぶしい。
嵐山だと言うのに、人の喧噪がなく、ゆっくり景色を楽しむことができるのがいい。
1キロほど歩くと、あのリゾートホテル「星のや」があり、その右横から千光寺のつづら折りの石段が始まった。
そのつづら折りの石段をどんどん登っていく。
今朝は冷え込んでいたが、石段を登っていると、さすがに暑く、うっすらと汗ばんできた。
石段を登り詰めた所に、千光寺の門があった。
入山料は400円と書いてあったが、受付の人がいるわけでもなく、台の上にお金を入れるケースが置いてあるだけだった。
入山者は、まだ少ない。
千光寺は、角倉了以(すみのくらりょうい、1554-1614)が河川開発工事に協力した人々の菩提を弔うため、嵯峨中院にあった、千光寺の名跡を移して創建したものとのこと。
寺には、角倉了以の像もある。
そして、展望所からは、眼下の保津川や嵐山はもとより、比叡山や大文字山まで見渡せる、まさに絶景!
寺には、鐘突堂もあり、1人3回まで突けると書いてあったので、もちろん3回突いた。
午前11時半には帰宅。
穴場の絶景を堪能できた土曜の朝だった。
4回目の参加となったマクロビ料理教室「Angel Kitchen」。
大学時代の下宿の管理人さんの娘さんAちゃん(当時、小学生)が先生。
今回は、「秋の実りのごはんレッスン」。
秋らしいメニューが山盛り。
ご飯からスープ、スイーツまでフルメニューだが、砂糖や肉、乳製品は使わず、最近流行のグルテンフリーの食材も取り入れ、しかも秋色満載。
参加者は5名。もう皆すっかり、お馴染みさんになった。
メニューは
・秋の実りごはん
・柿としめじの白和え
・白菜のクリーム煮
・玄米ビーフンの春巻き
・かぼちゃのそぼろあんかけ
・焼き&揚げかりんとう
たくさんのメニューだったが、Aちゃん先生が既に具材を切って準備されていたので、時間短縮できた。
以下は、簡単なコメント。
・秋の実りごはん
玄米の炊き込みごはんを圧力鍋で作る。
私も、以前、玄米を圧力鍋で炊いてみたことがあるが、芯が残ってしまった。
もちろん圧力鍋の素材によっても異なるが、再度、炊き方を習う。
具材の里芋がホクホク。
・柿としめじの白合え
砂糖は使わず、白味噌で味付け。
あとは柿の甘さで十分。
・白菜のクリーム煮
水を使わず蒸し煮にした、豆乳スープ。
帰宅して、早速、夕食に作ってみた。
・玄米ビーフンの春巻き
玄米ビーフンなるものを初めて知る。
玄米が苦手な人でも食べやすい。
春巻き作りは初体験。
揚げるというより、焼き揚げという感じで、油も少な目でヘルシー。
・かぼちゃのそぼろあんかけ
かぼちゃの味付けにも砂糖なし。でも、甘~い!
そぼろも、ひき肉は使わず、ベジミートという大豆たんぱく質を使用。
・焼き&揚げかりんとう
オーブンで焼いた物と油で揚げた物の2種類。
最後にメープルシロップで甘味付け。
おいしくて、食後、皆の手が止まらず、お持ち帰りは、少しになってしまった(笑)。
外は、気温がずいぶん下がり冬のような気候だったが、料理は秋色満載だった。
知り合いの布絵作家、森みはるさんの布絵画展が、11月22日から27日まで、御幸町夷川下るに出来た、蔵のギャラリー御所南「TOMORROW」で開催されている。
事務所から近いので立ち寄り、久しぶりに、みはるさんと話をした。
みはるさんの布絵には、約10年前に出会った。
大正や明治の着物地をはじめとする様々な布を用い、1つの絵として完成させる。
みはるさんは、絵画も描かれるので、その下絵となるデッサンも素敵だ。
そのデッサンの上に、布の色、模様、風合いなどを組み合わせて、作品を作り上げていく。
水彩画や油絵にない、独特の世界がある。
もともと絵画を見ることは好きだが、それを買おうと思ったことはなかった。
そんな私が、以前、みはるさんの布絵画展に行き、どうしても欲しくなって買ったのが、次の2つの作品。
事務所の壁に飾っている。
今回も素敵な作品がたくさんあった。
「あじさい」という淡い雰囲気の作品がとても気に入ったが、非売品とのこと。
少しほっこりした時間を過ごすことができるので、お近くの方は、是非、立ち寄ってみてください。
2016年11月20日、とうとう、自衛隊は、PKO(国連平和維持活動)として新たに「駆け付け警護」の任務を付与されて、青森から南スーダンへ出発した。
南スーダンの状況について、安倍さんは「衝突はあったが、戦闘行為ではない」という趣旨の答弁をしたが、現実には、内戦が再燃し、紛争継続地には派遣しないとする「PKO参加5原則」が完全に崩れているということは、多くの人はうすうすでも感じている。
派遣される自衛隊員本人や家族の気持ちは、いかばかりであろうか。とうてい推し量ることはできない。
私たちにできることは、このような憲法違反の決定に強く抗議することだけしかない。
安保法成立以後、自衛官希望者は、激減しているという。
先日のテレビ番組の中でも、ある高校教師が、今年の自衛官希望者はゼロと語っていた。
将来、韓国などのように日本も徴兵制が施行されるのではないかという親の不安や野党の追及に対し、安倍さんら自民党閣僚は、徴兵制など決して導入しないと言う。
しかし、考えられるのは、「経済的徴兵制」だ。
「経済的徴兵制」というのは、貧困や格差など厳しい現実にさらされた若者が、事実上、軍隊に入る道を選ばざるを得ない状況をいう。
実際、アメリカでは、兵役は志願制だが、学費の「肩代わり」や医療保険加入といった条件に引かれて入隊する若者が少なくない。
日本でも、奨学金を借りて大学を卒業できたものの、就職先が決まらなかったり、非正規の仕事しかない若者には、奨学金返済が大きくのしかかる。
防衛省も、米軍の制度を参考に、自衛隊入隊を前提にした奨学金などが目玉の新たな募集制度を検討しているという(2016年7月2日付け赤旗)。
ジャーナリストの堤未果さんは、医療や教育、雇用など最低限の生活を保障する制度が貧弱になった社会には、経済的徴兵制が入り込む余地があると指摘する。
「『当たり前の生活が奪われれば、目の前のパンに手を出すよ』という、取材で会った米兵の言葉が忘れられない。戦争は日常で始まる。経済的徴兵制を機能させない社会づくりが必要です」
(2016年4月29日付け京都新聞朝刊)
思い切って社会のしくみを根本から変えていかないと、この国の若者が戦地に行かされるのは、そんなに遠い将来ではないような気がしてならない。
今回、関への旅を計画した主な目的は、関にある「モネの池」を是非見てみたかったからだ。
通常「モネの池」というと、フランスの印象派の画家クロード・モネの「睡蓮」などの作品に描かれている池のことを指しているが、その「モネの池」にそっくりの池が関市にあるということで、今、話題になっている。
中学の同窓会の時にも、関市在住の同窓生から「観光客が一杯で、土日は駐車できないよ」と脅された。
関市中心街を離れ、板取川沿いをどんどん上流へさかのぼって行く。周囲は渓谷で、走る車もまばら。
一体どこにそんな観光客が押し寄せるような場所があるんだろう・・・
しかし、突如、目の前に、たくさんの駐車車両と人が現れた。
ここに間違いない!
「モネの池」は、根道神社という神社にある、名もない池のことだ。
鳥居があるから、やっと神社であることがわかる。
なんとか第2駐車場に車を止め、人だかりの方へ歩いて行くと、小さな池が現れた。
これだ!
あまりの人の多さと、快晴のもとで周囲の木々が池面に映り、幻想的な雰囲気には欠ける。
実際に目で見るよりも、カメラで撮影した方が、池が美しく見えるのはなぜ?
今夜は、ここから更に奥に行った所にある神明温泉の秘湯の宿に泊まる。
明日朝、帰る時、もう1度、「モネの池」に寄ってみよう。
翌朝。昨日とはうってかわって、正午頃からは雨予報。空全体に雲がかかっている。
午前9時頃、根道神社に着く。
それでも、もう何台か車が停まり、池の周囲に人もいる。
でも、その数は、昨日に比べ、格段に少ない。
そして、池には、なんということか、昨日とは全く違う、とても幻想的な雰囲気が漂っていた。
感動! 来て良かった!
岐阜市で開かれた中学の同窓会から日帰りで帰京した翌日、前から岐阜県の関市への旅を計画していたので、再び岐阜へ出かけた。
関市に着き、まずは昼食。お目当ては鰻。
私の実家は、岐阜市の東のはずれにあって岐阜市と関市との境に近かったが、車がなかったこともあり、子どもの頃は家族で関市を訪れた記憶はない。
関市が刃物の町として有名であることは知っていたが、鰻屋でも有名であることなど、全く知らなかった。
関市の鰻が有名で美味しいと知って、数年前に訪れた時は、店の前に長蛇の列が出来ており、1時間程待たされた。
今回は、前とは違う店に行くことに決めていたが、日曜のちょうど昼頃でもあり、行列を覚悟で訪れた。
しかし、その店は、規模が大きく、席数もたくさんあって、既に多くの客が入っていたが、それほど待たされることなく、食べることができた。
炭火で香ばしく焼き上げられ、皮はパリパリ、中はふっくら。とても美味しかった。
おなかもふくれたので、次は、関善光寺へ。
この寺にある大日如来が、ラグビーの五郎丸のポーズとそっくりということで、一躍、有名になった。
せっかく関まで来たんだから、ミーハーの私はそれも見たい。
善光寺へは、七五三用の着物を着た子どもたちも、親に伴われ、来ていた。
これこれ!
このような手の組み方をしている仏像は、日本にここしかないとのこと。
面白い。
そして、次は、モネの池へ向かった。
(続く)
先々週11月5日の司法研修所の同期会に続き、先週11月12日、中学の学年同窓会が地元の岐阜市内で開かれた。
毎週連続になるので、どうしようかなあとギリギリまで迷っていたが、仲が良かった友人や恩師とも連絡を取り合い、皆、参加するということだったので、私も日帰りで参加することにした。
私の出身中学は、岐阜市内の中心地から離れ、むしろ関市に近い所にあった。
有名人で言うと、マラソンの高橋尚子や俳優の綾野剛の出身地でもある地域の子どもたちが通っていた。
1学年4クラスしかなく、150名前後の生徒数だったと思う。
当日は、同窓会開始前に、仲が良かった3人で女子会をしようということになり、京都駅午前7時45分発の新快速電車に乗った。
岐阜駅には、午前9時36分に到着予定だったが、大垣駅手前で、愛知県で人身事故が発生したというアナウンスが入り、大垣駅の直前で電車は停止したたまま、なかなか出発しない。
結局、ダイヤは乱れ、大垣駅からは臨時電車が出て、岐阜駅に着いたのは、午前10時20分頃。
こういう時、携帯電話は役に立つ。
友だちとはリアルタイムで連絡を取り合った。
やっと岐阜に着いた後は、喫茶店に入り、オバサン3人で女子会。
コーヒーを注文すると、店員さんから「モーニングもつけましょうか?」と尋ねられた。
「さすが、岐阜だね!」と言って、同窓会が始まればすぐに食事になることはわかっていたが、「同じ値段なら、頼みます」と言って、モーニング付きコーヒーとなった。
3人は、おそらく15ー6年ぶりの再会だったが、そんな空白など何ら感じず、近況を報告し合う。
話に花が咲き、アッという間に、同窓会開始時間となったので、会場のホテルへ。
参加者は、約50名。
最初は顔と名前が一致しなくても、「誰?」って尋ねて名前がわかると、不思議に中学生当時の顔と重なってくるから不思議。
恩師は4名中、2名が亡くなり、お元気な2名が参加してくださった。
私の中3の時の担任のY先生も参加され、その変わらない風貌には驚き。
若さの秘訣は?という質問が殺到していた。
思い出話というよりは、近況の話で盛り上がった。
中には、自分のつらかった人生をこっそり打ち明けてくれた友人もいて、皆、色んな人生の波を乗り越えて、ここにいるんだなと実感した。
参加して良かった・・・
11月4日、司法研修所34期の同期会が名古屋で開催され、全国から、約240名が集まった。
当時は、約500名余り修習生がいたので、約半数が集まったことになる。
私たちの時代は、司法試験に合格した翌年4月から2年間司法研修所に入り、その2年間の最初と最後の各4ヶ月を東京で勉強し、それ以外は、全国各地に配属され、裁判所・検察庁・弁護士会で実務修習を行っていた。
研修所を卒業すると、裁判官・検察官・弁護士などそれぞれの道に進み、同期会は、各期毎に10年目、20年目と開催され、その後は5年おきに開かれている。
今回、私たちは35年目。
司法試験に合格した時の年齢が様々なので、もちろん現在の年齢も異なるが、若くして司法試験に合格した人でも、35年目というと、公務員や会社員であれば、定年年齢に達している。
しかし、集まった面々は、引退ムードなど全くなく、様々な分野で活動し、困難な事件に取り組み、更には若い法律家の育成にも力を注いでいた。
客観的には、髪の色も量も、顔のしわも、からだつきも、35年前と異なっているにもかかわらず、「変わらないねえ」と互いに言い合うのは、どこの同窓会も同じ。
また、裁判官・検察官・弁護士などの立場を離れて、屈託なく話ができるのは、こんな場所だけだろう。
数年前にガンの手術を経て、「皆に顔を見せに来た」と遠方から参加してくれた友人もいた。
とても刺激的な1日だった。
40周年も、是非、多くの仲間が元気で集えることを心から願っている。
近畿にも木枯らし1号が吹いた。ついこの前まで、暑かったのに・・・
夏が終わればすぐに冬・・・秋が短いことを実感。
10月30日(日)は、久しぶりの快晴予報だったので、比良山登山へ。
目指すは、蓬莱山(1174M)。
琵琶湖側から登るのが一般的だが、今回は、裏側の鯖街道の葛川坂下町の登山口から。
京阪出町柳駅から朝7時45分発の朽木行きのバスは、2台とも登山者で満員。
1時間程バスに揺られて着いた「下坂下」のバス停で下車したのは、我々のみ。
集落の中のアスファルト道を進み、橋を渡って、登山開始。
なんだ、この登山道は!荒れている!
道迷いしないよう、注意深くテープを確認しながら、進む。
道幅は狭く、急登が続く。
風が吹くと、耳が冷たいので、持って来ていた毛糸の帽子をかぶる。
やっと、小ピークに着く。
比良山系は、色づき始めているが、あまり鮮やかな紅葉はない。
赤や黄色に色づく前に枯れてしまっている木も多い。
鮮やかな色の木を1本だけ見つけて、パチリ!
小ピークからは、少しアップアダウンを経て、小女郎ガ池に到着。
ここまで、誰一人、出会わなかった!マイナーなルート。
小女郎ガ池周辺は、琵琶湖側から登ってきた登山者で一杯。
池畔で昼食。
メニューは、定番の焼き肉と焼きそば。
蓬莱山を眺めながら食べる。至福のひととき。
昼食後は、蓬莱山へ。
一般の人も、蓬莱山へはゴンドラで打見山まで上がり、そこからリフトで来られるので、山頂は人で一杯。
快晴で360度の展望。
琵琶湖も周囲の山々も、とても綺麗だった、
我々は、もちろん下山も足で。
途中、マムシグサが咲いていた。
2016年10月22日付け京都新聞朝刊に、こんなタイトルで記事が載っていた。
藤原紀香が水素水にはまっており、結婚式の引き出物は水素生成器だったとか・・・
近年、芸能人による愛用も話題となり、健康ブームの中で、「水素水」が注目されている。
私が通っているスポーツクラブにも、1年程前から、水素水の機械が設置され販売されている。
スーパーマーケットでも手軽に購入できるが、結構、値段は高い。
そんな中、国立健康・栄養研究所が水素水の有効性に疑問を示す見解を発表したというのが、冒頭の新聞記事。
水素水とは、同研究所によると、「水素分子(水素ガス)の濃度を高めた水」。
ブームに至る流れは、2007年、水素分子が動物実験で「治療効果のある抗酸化物質として作用した」とする論文が発表されたことという。
しかし、今年6月、同研究所は、「ヒトでの有効性について信頼できる十分なデータが見当たらない」との見解を発表した。
市販の水素水は「カテゴリーは単なる清涼飲料水。水分補給にしかなりません。体調が良くなったというのは、思い込みでしょう」と一蹴した教授もいる。
国民生活センターも、広告の数値にまどわされないようにしましょうと警鐘を鳴らしている。
ブームに飲み込まれないことが大切。
ちなみに、私は、専ら、近くの神社の地下水をいただいている。
先週の土曜日(10月22日)のニュースで、登山家の田部井純子さん(77歳)が死去されたことを知った。
田部井さんは、憧れの女性の一人だ。
最近では、田部井さんが出演されるテレビ番組は、ほとんど必ず観ていた。
郷里の福島県にロッジを持っておられることを知り、是非1度、行ってみたいと思っていたところだった。
田部井さんは、1975年、35歳の時に、女性として初めてエベレストに登頂し、1992年には女性で世界初の7大陸最高峰登頂を果たした。
そのような輝かしい記録は、「女性初」という称号は与えられたものの、現実には、世間で多くの偏見や非難があったことは想像に難くない。
田部井さんは、その意味で、女性の登山に道を開いてくれた人であった。
でも、私がもっと心惹かれたのは、2012年に腹膜ガンで余命3ヶ月と告知されたが、医師から「普通の生活を送りなさい」と言われ、「私にとって普通の生活とは山に登ること」と、抗ガン剤治療の間も山に登り続けたこと。
東北大震災の被災者を元気づけうようと、福島県内の山や富士山を登り、一歩一歩前に進めば、必ず頂上に到達することとその喜びを体験する活動を続けて来られたこと。
そんな前向きな生き方に深く感銘を覚えた。
死去の報に接し、昨日、田部井さんが2008年に出版された著書「田部井淳子の実践エイジング登山 いつでも山を」と読み返した。
山は「競争じゃないし、特別な才能もいりません」
「60歳からでも70歳からでも始められます」
「どうせ払うお金なら、病院にではなく山に使いましょう」
「恐れず新しいものに取り組んでいきたい」と語った田部井さん。
後進のために、たくさんの生きる力や楽しみ方を与えてくれた田部井さん。
これからも、そんな田部井さんの言葉や姿勢を人生の糧として生きていきたい。
10月10日は、Aちゃん主宰の料理教室「Angel Kitchen」に参加。
前回が6月だったので、4ヶ月ぶり。
顔なじみになったメンバーに、今日は、バレリーナをされている新婚のEさんも参加。
今回は、ハロウィンのかぼちゃづくしメニュー。
キッチンに1歩足を踏み入れると、もう、そこはハロウィンの世界。
Aちゃんのお母様が作られたクロスステッチ。
今回は、たくさんのハロウィンメニューがあって、本当にこんなにたくさん作れるんだろうかと思ったけど、Aちゃん先生は、説明しながら、複数のメニューを同時にテキパキと段取りよく進めて行く。
●ポコポコパンプキン(=かぼちゃのちぎりパン)。
「いづみさん、パンを作ったことありますか?」
「1度もありません」(おそらく、これからも・・・)
砂糖やバター、牛乳なしで、塩と豆乳とオリーブオイルだけ。
でも、あま~い。
●ハロウィンスープ。
これは、おいしい!今回のメニューの中では、私のイチオシ!
かぼちゃのスープはよく作るが、これは、ココナッツミルク入りで、少しピリ辛の濃厚味でおいしい!
●ハロウィンかぼちゃライス。
今回のメイン料理?
坊ちゃんかぼちゃをレンジで加熱した後、中身をくり抜いて、器を作り、その中にピラフを詰める。
周囲にサラダを敷いて、Aちゃんが作ってくれたハロウィン用の蒸し人参をトッピング。
●まだまだ、あります。かぼちゃとキノコの豆乳グラタン。
これもメイン?
かぼちゃ、炒めたじゃがいもや玉ねぎなどの具材の上に、米粉の豆乳ホワイトソースをかけ、それに更にハーブパン粉をふりかけ、オーブンで焼く。
●デザートは、パンプキンマフィン。
北欧紅茶と共に。
もう、食べきれませ~ん!残りはお土産に。
食事して、おしゃべりしていたら、もう夕方。
Aちゃん先生からは、メッセージつきのハロウィンクッキーをいただく。
その上、サプライズで、Aちゃんのお姉さんのA子ちゃんとも約40年ぶりの再会。
楽しい1日でした。
最近、街中を歩くと、ハロウイン一色。
近所のスーパーにまで、かぼちゃの置物が飾ってある。
ハロウィンとは、ヨーロッパの祭りで、秋の収穫を祝ったり、悪霊を追い払うというような宗教的意味合いのある祭りと言われている。
数年前までは、ハロウインなんて外国の祭りでしかなかったが、今や、日本でも、商業ベースですっかり定着している感がある。
さて、この連休、私は、ハロウィンづくしだった。
昨年来このブログで何度か書いたことがある、京都在住の切り絵作家佐川綾野さんの切り絵教室。
今年は、日が合わず、1回も行けていなかった。
昨年参加した教室で、他の参加者が切っておられた「ハロウインの猫」のデザインがとても気に入って、私も是非切ってみたいと思っていた。
10月9日、約1年ぶりに教室に参加。
やり方、覚えてるかなあ・・・緊張!
まず、佐川先生から下絵をいただく。
「猫の顔の部分が難しいから、慎重にね」と先生。
切りすぎてしまわないよう、特に細かい部分は、慎重にカッターで切り進めて行く。
集中、集中。
ふぅー、やっと切り終える。
これから、和紙を裏から貼って色をつけていく。
佐川さんの切り絵は、色遣いに和紙を使われているのが特徴の1つ。
色選びだけでなく、和紙のぼかし模様をどこに持っていくかなど難しい。
完成!
静かなひとときが過ぎた。