「世界で最も清潔な空港」・・・それは羽田空港。2013・2014年の2年連続で選ばれている。
そして、その羽田空港で働く「世界一清潔な空港の清掃人」・・・それが、新津春子さんだ。
新津さんのことは、NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル仕事の流儀」で放映されたようだが、当時、私は、その番組を観ていなかった。
彼女のことは、この本の広告で知った。
「世界一の清掃人」と呼ばれる新津さんの人生や思いを知りたくなった。
新津さんは、1970年生まれで、17歳の時、家族とともに、日本に来た。
父親は中国残留孤児の日本人で、母親は中国人。
そのため、中国では、小学生の頃、子どもらから「日本鬼子(リーベンクイズ)!」といじめられ、また、日本で働くようになると「どうせ中国人だろ」と言われたこともあった。
でも、新津さんは、決して負けなかった。
「せっかくこの世界に生まれたのだから、生きているときにめいっぱい、いろんなことをしよう。楽しくしていよう。それが私の考えです。」と語る。
新津さんは、1997年に全国ビルクリーニング技能競技会で1位をとった。
絶対1位になれる予選会では2位に終わったため、悔しい思いが残ったところ、上司から「心に余裕がなければいい清掃はできませんよ」と言われ、それまで、自分とたたかい、自分のために仕事をしていたことを反省し、使う人の気持ちになってもう1度見直すことにした。
そして猛特訓の末、2ヶ月後の全国協議会で優勝。
相手を思いやる気持ちで清掃するようになると、次第に、客から「ありがとう」「ご苦労さま」と声をかけられることが増えたという。
この本には、新津さんの素晴らしい生き方がちりばめられている。
あらためて自分の思いをしっかり持ちながら、心に余裕を持って、相手を思いやって、仕事や生活をしていきたいと思った。
ブログ マチベンの日々
すっかり春らしい気候になったので、4月10日(日)午前、今年初めての山歩きをした。
大文字山を、銀閣寺から山科まで歩く。
2月末に捻挫した左膝。もう普通に歩けているが、それでもまだ正坐することはできない。
ダブルストックで大文字山頂上へ。
途中、登山道には、たくさんのミツバツツジが咲いていた。
山頂までは、昨年と同じペースで登れた。
普通なら、下山はストックを使用しないが、不安なので、そのままストックを使う。
下山は、膝が気になって、どうしても慎重となり、普通より10分程長く時間がかかった。
また、膝に軽い痛みも感じた。
毘沙門堂の桜を見た後、疎水へ。
疎水の桜は、もうほとんど散っていたが、桜と並ぶ名物となっている菜の花は、あざやかな黄色の花が見頃を迎えていた。
菜の花は、疎水の両岸に約300メートルにわたり植えられている。
実は、疎水の菜の花は、近所に住む田中利広さん(83歳)、舟山俊三さん(78歳)、高木利治さん(78歳)の3人が、観光客に喜んでもらおうと栽培されてきた。
しかし、高齢となり存続が危ぶまれていたが、田中さんが地元の洛東高校に協力を求め、快諾を得た。
洛東高校の生徒たちは、田中さんらの指導を受け、種まきや水やり、苗の植え替え、シカやイノシシの食害を防ぐネットの設置などをしたという。
(2016年3月26日付け京都新聞朝刊)
こんな看板が設置されていた。
若い高校生らの力も借りて、この菜の花畑はもっと大きく広がっていくことだろう。
春に、大文字山を越えて、山科の疎水に来ることが楽しみだ。
4月7日に行われた、京都大学入学式。
そこで、山際総長から述べられた式辞がネットなどで話題となっている。
「京都大学」のホームページに掲載されているので、読んでみた。
●まず、「京都大学の自由の学風」から
「京都大学は、その基本理念として自由の学風を謳っている。
それは、フランスの自由思想に基づいており、すなわち、個人の自由と権利を尊重し、社会における個人の自由な活動を重んずる考え方である。
しかし、自由というものは、簡単に得られるものではない。
(フランスのレジスタンス運動家の詩を紹介し)人間にとって決してあきらめてはいけない希望が自由である・・・と聞こえる。
人間の社会には、3つの条件(自由・平等・博愛)が必要。
学問の自由とは何か。
ただ講義を聞くだけでなく、自分で考えるだけでなく、多くの人々と対話するなかで自分の考え方を磨くことを意味し、その上で創造性に満ちた新しい発想を世に出すことが求められている。」
●18歳選挙権にも触れて
「皆さんは自分の置かれている環境に対し、その是非について、その政治的判断について、自ら票を投じて参加できるひょうになった。
学徒出陣の頃、選挙権は25歳以上の男子と定められており、学徒出陣に参加した学生たちは自分たちの意思ではなく、上の世代によって戦争に駆り出されていた。
皆さんの意思によって、揺るぎない未来を築くために確かな1票を投じてほしい。」
歴史の歩みが大きく変わってしまうような現在の日本社会の中にあって、山際総長の言葉の1つ1つがとても意味深く聞こえる。
若い人たちには、自分自身の未来のためにも、個人の自由が真に謳歌できる社会を創っていってほしいと思う。
ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ氏(80歳)。
2010年3月から2015年2月までの第40代大統領。
4月5日から初めて日本に来日されている。
恥ずかしながら、4月5日まで、ホセ氏のことも、またそもそもウルグアイという国が南米のどの辺りにあるかも知らなかった。
たまたま4月5日に友人と食事をした時、その友人からホセ氏の本を紹介してもらい、初めて知った。
そして、その日が来日の初日だった。
ホセ氏は、「世界で一番貧しい大統領」と呼ばれた。
給料(約115万円)の9割近くを社会福祉基金に寄付し、
豪華な大統領公邸には住まず、郊外の農場で妻と生活。
公務の合間にトラクターに乗って畑仕事と養鶏をして暮らしている。
国の指導者は、国民の平均的な生活をすべきと語る。
彼の2012年の国連でのスピーチは絵本となり、日本では16万部も売れている。
彼の言葉は、その1つ1つに愛情と深みが感じられる。
それは、単に言葉だけでなく、1つ1つが彼の生き方そのものだからだ。
●貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。
●私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命より高価なものは存在しません。
●お金があまり好きな人たちには、政治の世界から出て行ってもらう必要があるのです。彼らは政治の世界では危険です。お金が大好きな人は、ビジネスや商売のために身を捧げ、富を増やそうとするものです。しかし、政治とは、すべての人の幸福を求める闘いなのです。
消費主義にドップリつかった先進国の現状を憂い、人間の本当の幸福を説いている。
ホセ氏は言う。少しのもので満足して生きている自分は質素なだけで、貧しくはないと。
彼の言葉は、日本の政治家の心にどのくらい届いているのだろう。
4月6日(水曜)は、伏見区役所の無料法律相談の担当日。
伏見区役所は、京阪伏見桃山駅で下りて大手筋商店街を通り、途中から北に上った、駅から徒歩圏内にある。
そして、前々から、大手筋商店街に行くことがあれば、是非1度訪れてみたい店があった。
それは、「みんなのカフェ」。
このカフェは、東日本大震災で福島から京都に自主避難されてきた西山さんが、避難移住者と地元京都の人たちが共に集える場所として、2013年5月オープンされた。
京野菜中心の手作りのメニューや、東北の郷土料理のわっぱめし、「ずんだ」を使った東北スイーツなど、メニューも魅力的。
この日、「みんなのカフェ」でランチを食べてから法律相談に行こうと思い、早めに事務所を出た。
店は、京阪伏見桃山駅を西に出て、最初の通りを南に下がった所にあった。
町屋風の店。
まだ午前11時半だったが、既に、ママたちがたくさん集まり、和室でにぎやかに食事をされていた。
テーブル席は、空いていた。
メニューも豊富で迷ってしまう。
わっぱめしにも心惹かれたが、今日はサービスランチにしよう。
今日のサービスランチのメインのおかずは、ポトフ。
京都の人向けなのか、薄味でおいしい。
すべての料理の出汁は、昆布と鰹でとり、化学調味料は一切使用されていないとのこと。
春キャベツや新タマネギが柔らかい。
本当にからだに優しい料理だと思った。
西山さんは、ここをコミュニティカフェとして、地域に愛される店になっていきたいと語る。
着実に、京都の地に根付いている気がした。
大手筋商店街を訪れたら、また来てみたい。
4月3日(日)を心待ちにしていた。
私が大学時代、京都市左京区田中飛鳥井町に下宿していた当時の管理人さんとその娘さんAちゃんに会える日だ。
実に30数年ぶり。
当時、幼稚園~小学生だったAちゃん。
いつも明るい天真爛漫な少女だった。
今は、岐阜県可児市で、マクロビオテックの料理教室「Angel Kitchen」を開いている。
そして、時々、大阪の実家でも料理教室が開かれる。
お母様との年賀状のやりとりを通じて、Aちゃんの料理教室のホームページやブログを知り、いつか大阪教室に参加したいと思っていた。
でも、大阪教室は、ホームページで日程がアップされたことに気が付いた時には、いつも満席。
ところが、今年に入って、偶然「大阪教室 残1名」となっているのを見つけ、すぐに申し込んだ。
30数年ぶりの感激の再会だったが、元管理人さんだったお母様は、昔と変わりない明るく屈託ない笑顔で 迎えてくださった。
Aちゃんは、ブログや年賀状で写真を見ているからわかるだけで、もうすっかり大人の女性。写真を見ていなかったら、道ですれ違っても、絶対に気が付かない。
でも、まるで会わなかった歳月が嘘のように、すぐに話がはずんだ。
さて、今回の料理教室のレッスンメニューは、韓国屋台料理。
マクロビ教室だけあって、肉や卵を全く使わないで作るというから驚きだ。
●韓国風海苔巻き(韓国名はキンパ)
「海苔巻きを作ったことはありますか?」・・・私「1度もありません」
「今日は、巻きすを使わないで、海苔巻きを作ります。今までの生徒さんで失敗した人はいません」・・・
私「エエーッ!」(失敗したら、どうしよう・・)
Aちゃん先生に手伝ってもらいながら、どこの家にでもたいていある「アレ」を使って緊張しながら巻いて、なんとか完成。
キンパは、普通は牛肉を使うらしいが、この海苔巻きの具はすべて野菜。それでも、肉と同じような食感の食材が入っており、さすが。
●スンドゥブ(韓国スープ)
魚介が入っていないのに、出しスープがとってもおいしく、ピリ辛。
●おからチヂミ
卵なしのチヂミ。
私たち生徒が食べている間、Aちゃん先生自ら何枚も焼いて、アツアツを食べさせてもらった。
端はカリカリ、中はモッチリ。
●ナッツチュレギ(韓国風グリーンサラダ)
韓国風ドレッシングをかけて食べるサラダ。
●ホットク(韓国の屋台スイーツ)
初めて食べた、韓国スイーツ。
もう、オナカ一杯!
帰りには、手作りコチュジャンと、余ったキンパとチヂミまでいただいた。
食によって心や身体を元気にするというマクロビオテックには、以前から興味があった。
Aちゃんの料理教室には、自分や家族がガン患者の方も来られているとのこと。
この日1日の料理教室だけで、Aちゃんからたくさん知らないことを教えてもらって、本当に目からウロコだった。
これまで化学調味料や農薬などをドップリ摂取してきた私が、この年齢になってから食を変えても遅すぎるのでは?と嘆くと、Aちゃん曰く「人間の細胞は入れ替わっていくものだから、いつでも遅すぎることはありません。」
ズボラな私がどこまで実践できるかわからないが、Aちゃんとの再会を機に、少し勉強してみることにした。
これからも楽しみ!
今日4月2日は、京都もあちこちで、桜が満開に近くなり、お花見びよりである。
京都の桜の名所と言われる場所には、ほとんど行ったことがあるので、午前中、「穴場」を求めて出かけた。
行った「穴場」は、東山にある若王子神社(にゃくおうじじんじゃ)の裏山。
若王子神社は、南禅寺の北側にある。
平安神宮や南禅寺界隈は、すごい人、人、人。
桜もほぼ満開で綺麗。
若王子神社に着くと、「桜花苑」と書かれた立て札があった。
ここだ!
立て札に従って坂道(山道?)を登っていく。
神社には人がたくさんいたが、ここを登って行く人はいない。
少し登って行くと、目の前がパーッと開け、濃いピンクの桜がたくさん現れた。
これは、あの陽光桜だ。
3月29日のブログでも書いたように、陽光桜は早咲きのため、既に散り始めており、地面がピンクに染まっていた。
でも、見事な眺め。
ここまで登って来る人は、まばら。
なんで知ったのか、中国の若い女の子2人が何枚も自撮りしていた。
来年は、もっと早く来るぞ!
高倉通と間之町通の間の御池通り北側歩道に、2本だけ、早咲きの桜が咲いている。
3月中旬にはもう咲いていただろうか。
枝は空に向かうようにまっすぐに上方に向かって伸び、花はとても濃いピンク。
これは、何という桜なんだろう・・・
御池通りを通るたびにそう思った。
安保法が施行された今日3月29日、偶然、その桜が「陽光桜」という名前で、しかも、平和の象徴であることを知った。
陽光桜は、愛媛県出身の故高岡正明さんという方が開発された品種。
高岡さんは、戦時中、軍国教育を行っていた青年学校で教師をされ、日本は絶対に負けないと信じ、教え子を戦場に送り出した。
しかし、教え子が次々と戦死し、終戦直後から「わしが教え子たちを戦地に送り込んでしまった」との自責の念に苦しみ続けた。
そして、「戦争という、二度とこのような悲惨なことを繰り返してはならない。戦死した教え子たちの鎮魂と、世界恒久平和への願いを託して新しい桜を自分の手で作ろう」と生涯を賭けて桜の新品種開発に着手。
高岡さんは、亜熱帯から極寒のシベリアまで各地で命を落とした教え子のため、どんな気候でも咲く桜を創ろうと、私財を投げ打って、不屈の精神で試行錯誤を繰り返し、30年後、ついに桜の新品種登録第一号となる「陽光」を生み出したのであった。
そして、「陽光桜」が完成すると、なんと伸べ5万本にも及ぶ陽光桜を各地で無償で提供した。
世界を平和にするため、外国人にも見てもらおうと、派手な色彩とした。
この実話は、昨年、映画にもなり、各地で上映されたとのこと。
桜となった高岡さんの平和への思いは、まさに陽光のように世界を照らしている。
先人の思いを胸に、安保法を廃案にさせるまで頑張ろう。
2016年3月14日の京都新聞朝刊で、上田正昭京大名誉教授の死去を知った。
3月13日に亡くなられ、88歳とのこと。
私は上田先生と個人的には面識はないが、私が京都大学1回生だった頃、1年間、上田先生の講義を受講したので、よく覚えている。
私が入学した当時、京都大学では、1-2回生は、教養部で一般教養を学んだ。
それまで受験勉強しかして来なかった女子学生にとって、大学における様々な分野の専門的な講義はとても刺激的で、必須科目の語学以外に、文化人類学、自然人類学、心理学、教育学など、合格した法学部系以外の講義もたくさん受講した。
その中に上田先生の講義もあった。
確か「古代史」という講義名で、内容は「卑弥呼」が中心だったと記憶している。
当時、邪馬台国が、近畿にあったのか九州にあったのかという論争もあり、上田先生の講義は私にとってはとても興味深く、真面目に(?)受講したと確信している。
私が大学を卒業した後も、京都新聞などに執筆されている上田先生の記事を頻繁に目にし、たった1年だけ受講した学生にすぎなかった私だが、お元気でご活躍なんだなあと嬉しく思っていた。
京都新聞には、上田先生の原点は、学徒動員に駆り出された「戦争」と、高校教師時代に目の当たりにした部落差別や在日韓国人・朝鮮人「差別」だったと書かれてあった。
もう1度、上田先生の本を読んでみたいと思った。
現在84歳の依頼者Mさんは、夫を2014年になくし、京都市南区の自宅で一人暮らしをされている。
事務所で打ち合わせをする時は、バスに乗り、歩行補助車を押して来所されるが、若い頃はキャリアウーマンだったようで、物事の理解も早く、素敵な人柄だ。
かねてから1度お宅にお邪魔したいと思っていたので、先週、打ち合わせがてら自宅を訪問した。
Mさんは、話好きで、子どもはいないが、姪の子どもの写真や動画をスマホで嬉しそうに見せてくれた。
また、近所の美容室の方がとても親切で、何軒かのスーパーの安売り広告品を買って届けてくれたりもするとのこと。
向かいのオウチの方は、「たくさん作ったから」と意って、いつもオカズを作って持って来てくれるそう。
Mさんは一人暮らしでも、昔ながらの地域の住民によるコミュニティがあるんだと知って安心した。
さすが、南区やなあ。
マンションが多い地域では、こんなことなかなかできないよなあ。
でも、きっと、Mさんの人柄の賜物でもあるんだろうと思った。
あの東北大震災から今日で丸5年が経過しようとしている。
テレビや新聞などで特集が組まれているが、5年経った今も多くの人が仮設住宅での生活を余儀なくされているなど、その「復興」の現状にとても厳しいものを感じる。
このブログで何度か書いたことがある、宮城県気仙沼市のYさん。
東北震災支援プロジェクトを通じて知り合い、今でも交流が続いている。
そのYさんから、今週、突然、ワカメとメカブが届いた。
「春を告げる生ワカメ」
そっか、ワカメって春が旬なんだ。
年中スーパーに置いてあるから知らなかった・・・
早速、食べている。
納豆とメカブのネバネバ料理。これにとろろ芋も加える。
きゅうりとワカメと「ほぼカニ」の酢の物
Yさんは、昨年、震災時の住所から移転され、仮設住宅におられた両親と同居された。
Yさんの現住所をグーグルマップで調べても、地名はあるが、番地の記載はなく、新しく開発された地域なのだろうか。
私なんか自分ができる、ほんの小さなことしかしていないのに、まだまだ大変な生活の中でのYさんの心使いがとても嬉しい。
震災当時、小学生だった娘さんも、この4月から高校生になる。
東北の復興は、東京オリンピックに人手を取られ、ますます遅れるとの報道もある。
はがゆさと怒りすら感じる5年目の3月11日である。
既婚であっても配偶者に先立たれることがあり、子どもがいても同居どころか近くに居住していないこともあり、現代の日本社会は、いやおうもなく、おひとりさま人口が増えるしくみとなっている。
み~んなおひとりさま時代が到来しているのである。
この「おひとりさまの最期」という本は、社会学者である上野千鶴子さんが出版した「おひとりさまの老後」「男おひとりさま道」に続くおひとりさまシリーズの第3弾。
私が2012年に知り合った柴田由美子さんという女性は、末期ガンのため、2013年1月に亡くなられたが、生前、柴田さんから、上野千鶴子さんとは友人だと聞いていたので、もしかしたら、友人らによるチームケアの中で亡くなった柴田さんのことも、この本の中に書かれてあるかもしれないという思いもあった(注、書かれてありました)。
また、以前このブログでも書いたことがあるが、一昨年、私の友人Mさんがやはりガンで亡くなったが、その時、短期間ではあったが、一人暮らしのMさんのため、私も含めた友人らが交替でMさんの日常のお世話をしたという経験を持った。
ただ、もっと私たちにできることはなかっただろうか、地域や行政などの手続きで利用できることはなかったのだろうか、という思いがずっと残っている。
この本には、上野さんが在宅ケアに従事されている医師などに同行し、そのシステムや当事者の思いなどが紹介されている。
また、友人などの「チーム」によるケアの実践例も。
つまり、上野さんの「在宅ひとり死」の研究レポートとなっている。
印象に残ったのは、次の文章。
「患者」という呼び方そのものが、医療者目線です。
ひとは患者である前に、まずひとりの生活者です。
家では誰もが生活者に戻ります。
・・・在宅では、医療職の想定を超えた「奇跡」がいくつも起きているようです。
だが、在宅介護そして在宅死には、いくつかの条件がととのわないと実現しない。
条件の最大公約数は、
①本人の強い意思
②介護力のある同居家族の存在
③利用可能な地域医療・看護・介護資源
④あとちょっとのおカネ
なかなか難しいが、上記の条件から、家族を引き算することはできるかもしれないし、それを実践している地域や人々が存在することもまだ現実だ。
自分で自分の死に方をコントロールするのは、とても難しいが、高齢化社会に徐々に足を踏み入れつつある自分自身の問題として、これからも考え続けていこうと思った。
2016年3月5日付け京都新聞で、一条戻り橋のたもとの河津桜が満開という記事を読んだので、今週の日曜、早速、行ってみた。
河津桜は、伊豆の河津町に咲く超早咲きの桜として有名だが、それを京都市内で見ることができるとは知らなかった。
一条戻り橋というのは、堀川一条にかかっている橋で、現在の橋は、1995年に架け替えられたそうで、普通のコンクリートの橋である。
名前の由来は、918年に漢学者の三善清行が死に、紀州熊野で修行していた息子が父の死に間に合わず、一条戻り橋で葬列に出会った。
息子が祈ると、父親は一時よみがえり、父子の対面を果たしたという。
なんか、京都によくありそうな逸話やね。
ここの河津桜は、1本だけ。もう満開だ。
この日、京都市内の気温は、20度にものぼる暖かさで、何人もの人が写真を撮ったりしていた。
河津桜は、花がやや大きく、色も濃いピンクなのが特徴だ。
1度、河津町に行って、たくさんの河津桜を見たいものだ。
京都は、また今週末から寒くなる予報。
でも、春は、確実にもうそこまで近づいている。
今週の日曜日(2月28日)の昼頃、不慮の事故により転倒し、左足の膝を強く打った。
瞬間、膝をひねったという感じもあった。
直後すぐには起きあがれなかったが、しばらくして、なんとか立ち上がることができた。
歩いて左足に重心を置くと左膝がガクンとひねってしまいそうで、おそるおそるしか歩けなかったが、足や膝そのものの痛みは感じなかった。
運良く骨折はしておらず膝の捻挫だろうと考えたが、腱が切れていないかが最も心配だった。
すぐにインターネットで調べると、応急処置として、次のようなRICE(ライス)の法則というものがあることがわかった。
「R」=REST(安静)
「I」=ICE(冷やす)
「C」=COMPRESSION(圧迫)
「E」=ELEVATION(患部を上げる)
それで、すぐに湿布をして横になった。
ジッとしていれば痛みは感じなかったが、夜中になると、支えがないと立ち上がれないようになり、壁などに寄りかかりながらトイレに行くという状態になった。
翌朝(月曜日)、左膝付近が腫れ、膝下の外側付近の皮膚の色が赤くなっていた。
あいかわらず、何かによりかからないと、歩くことができない。
気分的にも疲れ、仕事を休み、ずっと横になっていた。
足とは関係ないはずなのに、食欲もない。
明日は家裁での裁判の予定が入っている。
実家から持って来ていた亡母の杖があるので、それを使うしかないかなあなどと考えりたりした。
火曜、京都はうっすら雪化粧の朝となった。
左足は引きずるものの、ゆっくりとおそるおそる杖なしで歩くことができた。
身体というものは、良くできているもんだと感心した。
水曜・木曜になると、左足を引きずる程度も軽くなった。
そうなると、週末にはジムに行って、筋トレをしたくなった。
整形外科医をされている依頼者の方に事情を話し、「もうそろそろ運動しても良いでしょうか?」と尋ねたところ、「2週間は安静にしていた方が治りが早いから我慢してください」といさめられた。
ハイ・・・
足の重要さを痛感した1週間だった。
もう少し日にちが経過したら、頑張ってトレーニングしようと決意している。
昨年3月に、朝日放送の「LIFE~夢のカタチ~」で放映された、京都在住の切り絵作家、佐川綾野さん。
それ以降、京都・大阪はもとより、東京や愛知でも、切り絵教室を開催され、大人気。
佐川さんのことは、このブログでも何回か書いたが、私自身、昨年3回、佐川さんの切り絵教室に通わせてもらった。
その佐川さんの切り絵展が、現在、京都文化博物館の1階にある「楽紙館」という紙屋さんの店舗の中で開催されており、先週、行って来た。
私が訪れた日、佐川さん本人はおられなかったが、店舗内のコーナーに、佐川さんの作品が何点も飾られ、絵葉書やアクセサリーも販売されていた。
あいにく撮影が禁止されていたので、その様子を写真で紹介することができないのが残念。
いつか、もう少し規模の大きな個展を開いてほしいなあと思った。
切り絵展は、3月6日まで。
お近くの方は、是非、足を運んでみてください。
ハンカチは、日々の生活の必需品だが、ここ数年は、アイロンをかけるのが面倒なので、専らタオルハンカチを愛用している。
私は、ブランド物には全く興味関心がないので、専ら、デパートのハンカチ売り場で1枚500円くらいのタオルハンカチを購入して使用している。
先日、知人から、フェイラー(FEILER)というブランドのタオルハンカチをいただいた。
フェイラーは、ドイツに本社がある世界的に非常に人気が高いタオルメーカーで、ドイツのババリア地方の伝統工芸の織物に工夫を重ね、シュニール織りを生み出したそうだ。
柔らかい感触と非常に優れた吸水性を持つとのこと。
一応、表裏の区別はあるが、表と裏とであまり違いがない。
別の友人は、フェイラー製品は本当に感動するほど手触りや吸水性が良いが、1枚2000円前後もするので、絶対に自分では買わないと言っていた。
小さなハンカチだが、確かに、本当に手触りも良く、感動ものだ。
他の人のブログでは、とても気に入って10年以上同じ物を使い続けているというのがあった。
おそらく織りもしっかりしているのだろう。
大切に使わせてもらおうと思う。
私のお気に入りのブログの1つ、ミニマリストの筆子さんのブログ「筆子ジャーナル」。
私が砂糖の害に改めて関心を持ったのは、この筆子さんのブログに、何度か書かれていたからだ。
そして、偶然にも、2月23日付けの筆子さんのブログは「いきなり砂糖をやめる勇気がない人へ。少しずつ砂糖なしの世界へ向かう5つ(実は6つ)の方法」。
その内容を簡単に紹介する(関心がある方は、直接、筆子さんのブログを読んでください)。
1、自炊する。
調味料の種類や量をコントロールできる。
2、食品表示やラベルの原材料のラベルを読むクセをつける。
3、砂糖が添加されている食べ物をなるべく食べない。
要するに、加工食品を食べない。
4、自然に近い甘味成分を使う。
たとえば、はちみつやメープルスロップ。
5、冷たくて甘い飲み物を飲まない。
温度が低いと甘みはあまり感じられないので、冷やして飲むコーラや果汁飲料には砂
糖がたくさん入っている。
6、加工度の高い食品は避ける
冷凍食品、スナック菓子、調理缶詰、レトルト食品、ドレッシングなど。
持ちをよくするために砂糖がはいっていることが多い。
これだったら、実践できそう・・・
以前から、白い食材には、害があると聞いていた。
白い食材とは、精製された砂糖・塩・米・小麦である。
インターネットで検索すると、それらの害の根拠を書いた記事はたくさん掲載されている。
しかし、害があると言われても、どれも日常的に使用する食材なので、実際にこれを完全に断つことはなかなか難しい。
先週、イギリスの団体「アクション・オン・シュガー」が、スターバックスやケンタッキーなど大手コーヒーチェーンが販売するホットドリンクに含まれる砂糖の量を調べたところ、98%に身体に危険なレベルの量の砂糖が含まれていたとする調査結果を発表した。
日本はどうなんだろう?
スタバへ行くことはあっても、たいてい飲むのはコーヒーで、私はコーヒーに砂糖を入れないので大丈夫。
砂糖は、日本料理には頻繁に使用されるし、市販の調味料のラベル表示をよくよく読むと調味料の中にもたくさん使用されている。
また、例えば、ジャムを自分で作ってみると、ジャムにはいかにたくさんの砂糖が使用されているかがわかる。
止められないのは、砂糖の甘さが「麻薬」のように、人の脳に浸透しているせいだろうか。
いただき物のケーキや、コース料理の最後に出されるデザートは、喜んで食べている。
でも、せめて、自分では、甘いお菓子やケーキは買わないようにしよう。
こんな中途半端なことでは、あまり意味ないかな?
NHKBSプレミアムで2016年1月10日から始まったドラマ「鴨川食堂」が面白い(毎週日曜午後10時~。連続8話)。
「思い出の食、捜します」
その一行の広告を頼りに、客は、看板も暖簾もない「鴨川食堂」にたどりつく。
そのたどりつくことができた客だけのために、その望む食を、娘「こいし」と元刑事の父「流」が調査し、その客の人生が凝縮された「思い出の食」を提供する。
舞台は京都。これもいい。
鴨川食堂は、東本願寺の近く。
「こいし」役の忽那汐里(くつな しおり)は、このドラマで初めて知った女優さん。
「流」役の萩原健一は、久しぶりのテレビドラマの登場。珍しく物腰柔らかく押さえた演技が光る。
私は、料理は得意ではないが、作ることが好きで、食べることは何よりも楽しい。
以前から、食べることは人の人生と密接にからんでいる気がしてならない。
映画「かもめ食堂」「山のトムさん」、ドラマ「ランチのアッコちゃん」など、食と人生とをからめた作品は好きだ。
そして、今回の「鴨川食堂」は、思い出の食を探し出して、もう1度、人生を振り返り味わうところが素晴らしい。
1話完結で、観終わるとホッコリする。
平和で穏やかな生活だからこそ、食べることを味わえるんよだね。