昨日、たまたま西院方面に行く機会があった。
そこで、タウン情報誌で知り、前々から行ってみたいと思っていたカフェレストラン「DICE CAFE」(ダイスカフェ)に行ってみることにした。
目的は、エッグベネディクト・・・そして猫。
最近流行っているエッグベネディクトをどこかで食べてみたいと思っていた。
エッグベネディクトというのは、イングリッシュマフィンの半分にハムやベーコン・ポーチドエッグなどをのせ、その上にたっぷりのオランディーズソースをかけた料理のこと。
エッグベネディクトだけが目的なら。食べられる店は近くにもある。
でも、ダイスカフェには、もう1つ・・・猫がいる。
それも雑誌で見る限り、すごく可愛い!
ダイスカフェは、西小路通りの四条と五条の中間辺りの住宅街の中にあった。
最初はなかなか見つけることができず、あきらめかけたところに、店はあった。
中は、木製のおしゃれなカフェレストラン。
店に入ると、客の子どもたちが何かを取り囲んでいたので、見てみると、猫!
とりあえず、テーブルにつき、早速、エッグベネディクトを注文する。
アボカドサーモン、生ハムチーズクリームの2種類があり、私はアボカドサーモンを注文した。
卵を割ると、トロリと黄味がとろけ出す。
味は、思ったよりあっさり。
一口大に切ってあり、食べやすい。
サラダの上には、猫形のトッピングも。
さて、猫の方は、子ども連れの客が帰って行ったので、近寄ってみることに。
タウン誌には、3匹いると書かれてあったが、この日、店にいたのは、モモノスケとコロスケだけ。
どちらも顔がクシャとなってて可愛い。
しかも、おとなしくて愛想もいい。
これは、モモノスケ。
店のアイドル、「招き猫」になっている。
残念ながら、コロスケの写真はうまく撮れなかった。
癒しのカフェである。
ブログ マチベンの日々
京都弁護士会では、四条河原町マルイ前において、定期的に、安保法制の街頭宣伝を行っています。
昨日は、京都弁護士会の白浜会長ほか、法案に反対する政党からも弁士が来られました。
弁護士会と政党とが一緒に街頭宣伝を行ったのは、おそらく初めてのことではないかと思います。
そして多数の弁護士が街頭宣伝に参加しました。
7月7日に京都弁護士会歴代会長有志24名で声明を発表された、元会長のあざみ弁護士と坂元弁護士も来られていました。
以下は、弁士の皆さん。
一番左側が白浜会長です。
国会からも、民主党の泉健太議員、共産党の井上哲士議員が来られました。
白浜会長は、「戦前の弁護士たちは戦争を止められなかった。その反省のためにも(政府の)動きには断固反対する」などと決意を語りました。
若い人たちのチラシの受け取りは、いつものようにあまり良くありませんでしたが、それでも何人もの若者が立ち止まって、あるいは振り返って、弁士の話を聞こうとしていたことが印象に残りました。
閉めは、弁護士会の福山副会長でした。
2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さん。
現在は、京都産業大学の教授だ。
その益川さんが、共同通信のインタビューに応じ、反戦への強い決意を示した(2015年7月8日付け京都新聞夕刊)。
世界で唯一の被爆国でありながら、米国の「核の傘」に依存している日本の現状を憂い、「核兵器のない世界になってほしい」と科学者の立場から訴えた。
また、平和への思いは強く、紛争は国同士の話し合いで解決できると訴える。
「孫たちにどういう世界で生きてほしいか考えて行動しよう」と語った。
安保法案については「9条には『同盟』なんて書いていない。小学校からやり直した方がいい」と痛烈に批判。
核兵器や戦闘機の開発などを行ってきた科学者の責任に関しては「国民に危険を分かりやすく伝える義務がある」と話した。
国会で強行採決の動きが強まる中、多くの国民が反対の声を上げていくことが大事。
私の朝食はトーストである。
毎朝、4枚切りの食パンの半分をオーブントースターで焼いて食べてきた。
健康には、和食の方が良いのだろうが、朝は量も食べられないし、トーストの方が簡単なので、長年、変わっていない。
このブログにも時々書いているが、常日頃から、おいしい食パンを食べたいと思っており、「この店の食パンがおいしい」というウワサを聞くと、行ける距離内に店があれば、すぐに行って購入する。
デパートの催事で販売されようものなら、並んでも買う。
普段は、ORENOPAN(オレノパン)が気に入って食べている。
ところで、一昨日、インターネットで、トーストを10倍、いや100倍おいしく食べる方法という記事を見つけた。
それは、グリルで焼くこと。
グリルは300度以上の高温なので、短時間で外はサクサク、中はフワフワになるとのこと。
早速、試してみた。
最近のグリルには、「トースト」というボタンがついたものがあるらしいが、我が家のグリルは古いので、そんなものは一切ついていない。
1日目。とりあえず1分半入れてみる。でも、焼きすぎて、表面がこげてしまった。
我が家のグリルは、網と火の位置が近いから、もう少し時間を短くしないとダメなんだ。
でも、確かにおいしい。
100倍は大げさだと思うが、10倍くらいは、オーブントースターで焼いたものよりおいしい!
2日目。両面を30秒ずつ焼いてみた。
少し焼き足りなかい感じが残っていたが、やはりおいしい。
明日は40秒で焼いてみるかな。
楽しみ!
2015年6月30日付けしんぶん赤旗に、今年4月、米軍新基地建設に反対する「辺野古基金」の共同代表の一人に就任した菅原文子さんのインタビュー記事が掲載された。
文子さんは、俳優の故菅原文太さんの妻である。
それを読んで、菅原文太さんそして文子さんの平和への思いの強さに、あらためて感動した。
(以下、抜粋)
3.11の福島原発事故のあと、彼は「俳優はやめた」といったのです。
「おれが俳優やっている時代じゃない」と。
安倍首相が・・・武力行使を認める安保関連法制を通そうとしています。
でも、それでは、日本全体が沖縄と同じになります。
「後方支援」することになったら、自衛隊員だけに危険があるんじゃなくて、私たち普通の暮らしをしている人間も、危険にさらされるということを考えた方がいい。
(夫が)がんの闘病中で体力も衰えていたなか、沖縄まで行って1万5000人もの人の前に立つのは、自分の限界を超えてやったことです。
いま日本人は、そうした本気度が問われています。
本土も沖縄と思いを一つにして安保法制をやめさせる、世界が注目するようなたたかいをやらないといけないのではないかと思います。
自民党や公明党は、今国会で安保法制を強行的に成立させようとしているが、私たちは、最後まであきらめないで、今できることを1つ1つやっていくこと、否、菅原文太さんのように自分の限界を超えたもう1つをすること、これが大切。
先月もまた、切り絵教室に行ってしまった(1回目は、6月1日のブログを読んでください)。
京都在住の切り絵作家佐川綾野さんの切り絵教室。
前回(初回)、約3時間、必死になって切り絵作りに格闘し、1つの作品を仕上げたことがなんとなく心地よかったから、また参加したくなった。
今回の作品テーマは、「幸福な王子」。
タイトルだけ見た時には、すっかり忘れていたが、教室に行って「幸福な王子」という童話を読んだことを思い出した。
銅像の王子が、エジプトに向かうというツバメにお願いをして、貧しい人たちに自分の身体の宝石や金箔を配った挙げ句、ボロボロになってしまった王子像は倒れ、南へ行く機を逃したツバメは寒さで死んでしまう。
でも天国の神は、王子とツバメを天国に連れて行き、二人はそこで楽しく暮らしたというお話。
「幸福な王子」の図案は、前の「アリス」と異なり、細かな所が多く、悪戦苦闘した。
3時間では仕上がらず、3時間半以上もかかってしまった。
その上、切ってはいけない箇所を2回も切ってしまった。
あ~あ、ほんと不器用やわ(涙)。
でも、さすが!佐川さんが、あとかたもなく補正してくれた。
今回の私の作品
参加者全員の作品。
今回は、本当に時間が足りず、焦ってしまった。
それでも、しばらくは、切り絵に、はまりそうやなあ・・・
先週 台湾の友人Kさんと、久しぶりに会った。
Kさんは、10年以上前に私の依頼者だった女性だが、年齢も割と近く、気が合い、事件終了後も、時々食事をしたりしてきた。
台湾にも1度連れて行ってもらったこともあった。
私が中国語を勉強しようと思ったきっかけも、Kさんが日本語はもとより北京語も流ちょうに話せることを知ったからだ。
現在、Kさんは、京都と台湾を行ったり来たりする日々で、忙しそうで、会う機会もなかなか持てない。
そんなKさんから連絡をもらい、久々にランチを共にした。
1時間程会えただけで、「これから大阪に行く」と言うKさんと別れた。
あいかわらず忙しそう。
今回、Kさんから、中華ちまきを土産としてもらった。
台湾に行った時、Kさんのmamaが作ってくれた中華ちまきが美味しくて、私が中華ちまきが好きなことを覚えてくれていたのだ。
残念ながら、今回の中華ちまきはmamaの手作りではなかったが・・・
とても、美味しかった!
昨日のブログに書いたように、歯茎の痛みのため、今週の日曜午後、洗口液を買いに河原町三条まででかけた。
河原町通りでは、「戦争反対」のデモにぶつかった。
そっか、今日は、若者たちによる戦争反対の集会とデモがあったんだっけ。
関西の大学生でつくる「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)KANSAI」の主催した初めてのデモが行われていた。
翌22日の新聞報道によると、参加者は飛び入りも含め2200人。
すごい!
若者たちのデモは、実に楽しい。
太鼓や鳴り物つきで、ラップのコールに合わせて、「戦争立法絶対反対」「戦争したがる総理はいらないねえ」などと声を響かせ、いかにも若者らしい。
私も思わず飛び入りで踊ってしまいそう・・・
でも、この日は、歯茎の痛みのため、しばし、沿道で楽しいデモの様子に見入っていた。
戦場に行かされるのは、若者。
18歳選挙権も始まる。
しっかりと意見を表明していくことが大切。
先週の初め頃から、物を食べた時、なんとなく左側の歯に違和感があった。
それが徐々に進み、週の中頃には、左側の上部が痛み出し、左側の歯では物がかめなくなっていった。
最初は「虫歯かな?」と思ったが、歯に水がしみるわけでもなく、どうやら上の歯茎が痛い。
週末になると、歯茎の痛みは一層増し、腫れも大きくなり、右側の歯だけでは十分噛むことももできなくなり、食欲もなくなっていった。
なにより、好きな物が思い切り食べられないのがつらい。
ネットで調べると、歯周病? 体力の低下?
歯医者には10年以上行っていないが、結構真面目に歯磨きはしているつもりなんだけど・・・・
夜寝る前には、必ずフロスもしているのに・・・
日曜の午後、洗口液を買って来て、口の中をグチュグチュとすすいでみた。
そして昼寝も少し。
夜になって、徐々に痛みが和らいできた。ホッ!
久しぶりに歯医者に行ってみようと思う。
昨年1年間に全国で発生した山岳遭難事故は2293件(前年比121件増)、遭難者は2794人(81人増)だったことが、6月18日、警察庁のまとめでわかった(2015年6月18日付け京都新聞夕刊)。
遭難者の77%に当たる2151人が登山目的で、40歳以上が76.4%の2136人。
死者・行方不明者のうち60歳以上が214人で、68.8%を占めた。
都道府県別では、北アルプスのある長野(272件)や富山(133件)が最も多く、次いで、北海道(120件)。
でも滋賀県では66件、京都府では21件あった。
他人事ではない。
山では、疲労が増すと、通常であれば、たいしたことない場所でも、転倒や滑落などの事故が起こってしまう。
道迷いも怖い。
今回のまとめでも、道迷いが41.6%と最も多い。
更に、単独行だと、そもそも、どこの場所で滑落したかさえわからないし、突然の心疾患や脳疾患にも対応できない。
毎年、必ず登る山もあるので、その往復に要する歩行時間によって、年齢とともに、自分の体力が低下していることは実感している。
安全登山をこころがけたい。
6月13日土曜日、梅雨の晴れ間、朝からカンカン照り。
「日焼けするなあ・・・」と思いつつ、午後1時半から、円山公園野外音楽堂で開かれた、戦争法案反対の集会に参加しました。
(日焼け対策は、完全防備で!)
国会での戦争法案の審議に腹が立っていたのはもちろんですが、今日の集会には京都弁護士会の白浜会長が挨拶されることを知ったこともあり、是非とも、参加しなければと思って行きました。
奥野恒久龍谷大学教授の基調報告があった後、各界からのリレートークの中で、白浜会長が登壇されました。
白浜会長は、今日は一弁護士として参加したと言われましたが、昨年に引き続き今年5月1日に京都弁護士会の会長声明を発表し戦争法案に反対していること、そしてトークの締めでは「日弁連は全力をあげて、この法案に反対します」と結ばれました。
午後2時半には集会が終わり、円山公園から京都市役所前まで参加者によるパレードが行われました。
少し雲も出てきて、歩きやすい天候に変わっていました。
そしてパレードで歩いた時、今日は、ちょっと感動しました。
道行く人や観光客らが、立ち止まって、手を振ってくれたり、携帯で写真を撮ったりするのが、すごく目に付きました。
中にはピースサインをしてくれる外国人もいたり・・・
やはり関心が高いことを感じました。
わたしたちは、主権者の一人として、日本を戦争する国にしないよう、はっきり自分の意見を表明していかなければと、思いました。
昨年4月1日から10月26日までの約7ヶ月間で、、屋久島の宮之浦岳から北海道の利尻岳まで、自分の足だけで日本百名山を踏破した、アドベンチャーレーサー田中陽希さん。
今度は、今年5月末、北海道の山から始め、日本二百名山を踏破する新たな挑戦を始めている。
(最初の放映は、6月27日21時から。NHKBSプレミアム。)
日本二百名山というのは、百名山の生みの親である深田久弥のファンクラブが選定した山だ。
私もまだ全部は登っていないが、近県で言うと、滋賀県の武奈ヶ岳、三重県の御在所岳など比較的身近な山が二百名山とされている。
でも、北アルプスや南アルプスなどには、2000Mを超える二百名山もある。
本当に人間ワザとは思えないことを、昨年に引き続き、今年もやろうというのだから、すごい。
百名山踏破においても、風邪や足の痛み、そしてかなりの疲労にみまわれていたのに・・・
百名山の時は、日が合わなくて、「追っかけ」が出来なかったが、今度こそ、どこかの山で、田中さんを直接応援したいと思っている。
頑張れ、田中さん!
6月4日、衆議院憲法審査会で、3人の参考人(憲法学者)全員が、集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法案を憲法違反と断じました。
しかも、そのうち、自民党が推薦した参考人である長谷部恭男早稲田大学教授までもが「集団的自衛権の行使が許されるとした点は憲法違反だ」とはっきり述べました。
しかし、菅官房長官は、「全く違憲でないと言う憲法学者もたくさんいる」と居直り発言。
これに対し、「明日の自由を考える若手弁護士の会」(略称 あすわか)がホームページで、早速、「たくさんいる、って?」「たくさんいるなら出てこ~い」などと反論してくれました。
それによると、合憲としている学者は3人、それに対し、違憲を表明している学者は189人でした。
昨日の国会での、辻本民主党議員の「たくさんいるなら、名前をあげて」という質問に対しても、菅官房長官は、3人の名前しかあげられませんでした。
その上で、今度は「数じゃない」と。
いかにこの法案が憲法違反のものか、ますます明らかになっています。
なんということだろう。
マレーシアは、旅客機が行方不明になったり、墜落したりして、大変だと思っていたら、今度は大地震。
6月5日、マレーシアのボルネオ島サバ州で、マグニチュード6の地震が発生し、キナバル山(4095M)に登っていた150名を超える登山者らが被害に遭ったと報道されている。
キナバル山は、東南アジアの最高峰の山で、実は、私は、2001年5月に登った。
私がこれまでに、唯一、海外登山をした山だ。
2000年に世界遺産にも登録されている。
キナバル山は、「海外登山初心者向き」と言われる山で、日本からもたくさんの登山者が訪れている。
1850Mまで車で上がることが出来、そこにゲートがあって、1日の入山者数を制限していると聞いた。
熱帯のため、気候は良い。雪などもちろんない。
登山道は、ひたすら「登り」だが、とても整備されており、途中何カ所も休憩所とトイレがあった。
3200M辺りに山小屋(ベッドやシャワーもある)があり、そこで宿泊し、翌日午前2時頃出発し、4095Mの山頂で日の出を待った。
火山活動でできたキナバル山は、かつて氷河が流れ、独立峰だが、山頂付近はまるでスキー場のゲレンデのように広がる花崗岩の中に、氷河で削られてできた奇怪な岩峰群が林立し、とても幻想的な光景だった。
あの素晴らしい山が、落石や地滑りで、どうなってしまっただろう。
御嶽山に続く、山の災害で、心が痛む。
登山者の無事を祈るばかり・・・
とうとう切り絵に初挑戦!
2015年3月10日のブログでは、「切り絵には、まだ手を出していない(今のところ)」と書いたが、とうとう切り絵に手を出してしまった。
同日のブログで紹介した、切り絵作家の佐川綾野さんが京都に住んでおられること、そして京都で切り絵教室を開かれることを知り、思い切って参加してみた。
時間を間違えて、少し早めに着いてしまったので、佐川さんと少しおしゃべり。
佐川さんは、とても可愛らしい作家さん。
(佐川さん)「切り絵したことありますか?」
(私)「いえ、初めてなんです」
(私)「時間の中で完成するでしょうか?」
(佐川さん)「前のクラスでは、時間内に終わらなかった人もいましたよ・・・」
(私)「・・・」
その日のクラスは、女性ばかり6人。
2度目の参加の方もおられた。
佐川さんの切り絵は、カッターのような刃で紙を切るやり方。
切り方のポイントを簡単に説明受けた後、いざ開始。
作品は、「白雪姫」か「不思議の国のアリス」で、私はアリスを選んだ。
まず、ボードの上に黒い紙を置き、その上に型紙を載せて、テープで固定する。
切りすぎてしまわないよう、おそるおそる、慎重に切っていく。
皆、質問以外には、誰もしゃべらず、黙々と作業に集中する。
切り終えるのに、どのくらい時間がかかっただろうか。
切り終えると、次は色。
佐川さんの切り絵には色があり、その色には、ぼかしのある和紙が使われている。
色及びぼかしを作品のどこに配置するかは、各自の個性にかかっている。
フラワーアレンジでも同じだが、色を自分で選んで配置していくのは大変。
一山超えたら、また一山。
予定時間を少し超えて、どうにか全員完成。
アリスより白雪姫の方が細かい所が多く難しそうだった。
以下は、全員の作品。
そして、これが私の作品。
身体を動かすことも好きだが、集中して何かに打ち込む時間も結構好きだ。
楽しかった!
安倍首相が、5月26日の衆議院本会議で、新たな安全保障関連法案で懸念されている自衛隊員のリスクに関し、「リスクは残る」と明言した(2015年5月27日付け京都新聞朝刊)。
5月20日の党首討論では、自衛隊は「安全が確保されている場所で活動する」と答弁したが、それを軌道修正したのだ。
「国民の命と平和な暮らしを守り抜くため、隊員に負ってもらうものだ」と。
戦後、PKO法などによって、自衛隊は徐々に海外の非戦闘地域に赴くようになったものの、これまでただ一人の死者も出ていない。
自衛隊員は、海外で、平和国家としての象徴として、日の丸のしるしを目立つように身につけ、任務にあたってきた。
それによって、日本の自衛隊が無法に攻撃を受けたことはなかった。
しかし、法案が成立すれば、状況は一変する。
他国軍と「一体となって」「戦闘地域」の含め、活動すれば、相手国から攻撃される危険は高まる。
任務が増大し、あるいは活動範囲が広がれば、「リスクが増大する」のは当然で、そんなことは、子どもでもわかることだろう。
自衛官の家族らの不安は、一層、現実的だ(上記京都新聞)。
夫が海自艦艇隊員の20代女性は、「数ヶ月の任務も訓練が大半だったので連絡が取れなくても安心だった。でも・・・」と言葉を詰まらせる。
「具体的な任務と、それに伴う危険がわからない。わかるように説明してもらわないと、心の整理がつかない」。
元海上自衛隊幹部の坂上隆康さんも「自衛隊は軍隊ではないという言葉遊びは敵には通用しない。海外派遣する以上、戦闘を覚悟しないと」と心配する。
「現場は死傷者が出ることも覚悟している。政治にその覚悟がないなら、部隊を出してはいけない」
この言葉の意味を、政治家はもとより私たち一人ひとりの国民も重く受け止めなければいけない。
いつからだろうか、私が写真を撮られる時には、ほとんどいつもピースサインを出してしまう。
カメラマン氏からは「いつも同じポーズやんか」と言われ、時々、違うポーズに変えてみたりはするが、やはりピースサインをしている時の自分の顔の方が良くて、結局、ピースサインをすることが多い。
京都新聞の連載「時を渡る舟」の「第3部 ピース?」では、5回にわたり、そんなピースサインについて戦後史とからめて紹介されていた。
記事によると、
第2次世界大戦中、反ナチスの象徴として勝利のビクトリーを意味するVサインが欧州で広まった。
英国のチャーチル首相も公式の場で使った。
60年代後半の米国でベトナム戦争への反戦運動や既製の価値観に抵抗するヒッピーたちが「ピース」の象徴に変え、日本に伝わったとされる。
海の向こうで生まれたピースサインが京都の平和運動に流れ着いたのはいつだったのか。
1971(昭和46)年、ベトナム戦争当時、在日米軍基地の米兵と京都の米軍に反対する若者らが1つに固まり、闇に向かってまっすぐに指を2本突き上げていた写真が当時の雑誌にあった。
その後、1995(平成7)年に誕生した「プリクラ」は、反戦運動で広がったとされる「ピースサイン」を日常のものへ、さらにポーズの進化や意味を変容させる役割を担った。
連載の中で、71年「反戦フェスティバル」にも参加した、当時21歳だった京都のシンガーソングライター豊田勇造さん(65歳)が、「今も安易な気持ちでピースはできない」と語っている言葉が強く私の胸に響いた。
折しも、国会では、安保関連法案が審議入りした。
安倍首相は、断定的な口調で「平和な暮らしを守る」と何度も声を張り上げている。
その「平和」は、世界で武力行使をするという意味にほかならない。
私たちは、「ピースサイン」のように、「平和」の意味を変容させては絶対にいけない。
これからピースサインをする時には、思いっきり、戦争のない「平和」を願って、しようと思う。
安倍首相と野党党首による今国会で初の党首討論が、5月20日開かれた。
テレビで時々、国会質疑の中継を観たりするが、なんで、答弁する側は、質問されていることに直截に答えないですまされるのだろうといつも思う。
それが、野党の質問をかわす手法なんだろうか。
ホンネを言ってはいけないからだろうか。
安倍首相は、それが顕著だ。
20日の党首討論もそうだった。
2015年5月21日付け京都新聞は「安保質疑すれ違い」と書いていたが、正にそのとおりで、常日頃、首相が語る「丁寧でわかりやすい説明」とはほど遠いものであった。
例えば、岡田民主党党首が、自衛隊の後方支援に関し、活動範囲が広がれば紛争に巻き込まれるリスクが高まかとただしたことに対し、安倍首相は「安全が確保されているところで活動するのは当然」と答え、正面からの回答を避けた。
また、志位共産党党首の、過去の日本の戦争は間違った戦争だったという認識はあるかという問いに対しても、首相は、歴代の内閣の談話を「全体として受け継ぐ」というだけで、自分の言葉として「間違った戦争」とは一言も言わないのである。
私たちが法廷で尋問をする時、当事者や証人が質問に対し、はぐらかすような答えをすると、裁判官は即座に「聞かれていることに答えなさい」ときつく命じることはしばしばである。
だから、「間違った戦争だったという認識があるか?」と問われたら、その答えは「ある」「ない」「わからない」のどれかであるはずだ。
でも、国会では、このような「はぐらかし」「すれ違い」答弁がしばしば見受けられ、何が国会審議だ、国民を本当に馬鹿にしているといつも思う。
なぜ、首相は一言「過去の戦争は間違いだった、しかし、これからはそのような間違いは絶対に起こさない」と自分の言葉で言わないのだろう。
それは、本音は「間違いだった」と思っていないから、としか考えられない。
将来、日本人が戦争に参加して犠牲者が出ても、また「コントロールされている」はずの原発でもっと被害が出ても、それを決めた政治家は誰も責任をとらない。
そういう政治家を選ぶか否かは、私たち国民自身が決めるということを肝に銘じる必要がある。
2012年3月23日付けブログでも紹介した、タイ料理店「パクチー」。
京都には3店舗あるようだが、私が行くのは専ら河原町丸太町店。
街の屋台風の店で、味も美味しい。
事務所からはやや遠いので、頻繁に行くわけではないが、家裁の帰りなどには、ランチを食べに立ち寄ることもしばしば。
その「パクチー」の店主菊岡美紀さんのことが、2015年5月17日付け京都新聞に掲載されていた。
菊岡さんは、35歳で会社を辞め、単身でタイに語学留学へ。
1年3ヶ月暮らし、帰国後、2009年8月、個人経営で「パクチー」を始めた。
起業したのは、アジアに学校を建てるという夫婦共通の夢をかなえるためとのこと。
2009年創業から丸5年でラオス南部の村に1校目の小学校が完成、3月に開校した。
これも国際貢献の1つの形だね。
これからは、もう少し頻繁に食べに行こう。
先週、京都北山の魚谷山へ行って来た。
「いおだにやま」と読む。
魚谷山の登り口辺りには、ちょうど、クリンソウの群生地があると知り、満開のクリンソウを期待して出かけた。
最初は、ダラダラとした林道を緩やかに登って行く。
川沿いの所々に、ポツポツとクリンソウが咲いていた。
30分くらい林道を歩いた所で、登山道に入る。
登山道に入る所は、川が流れており、丸太の橋がかかっていた。
事故はそこで起こった。
前日の雨のせいか、丸太の橋は濡れていた。
滑りそうで危ないなあと思いつつ、ゆっくり進んで行った。
だが、もうあと1-2歩で対岸に到着するところで、足が滑り、そのまま身体全体が、約2メートルほど下の川に落下した。
身体全体が川の水の中に入り、息が苦しくおぼれるような感じだったので、必死になってもがいて立ち上がった。
身体がフラフラする。
同行者に手を引いてもらい、岸に引き上げてもらった。
背負っていたリュックがクッションがわりになったこと、下が川だったことなどが重なって、幸いにも、ケガは左肘を打った程度の軽傷だった。
ずぶ濡れになったので、上半身だけ着替えた。
しばらく休んで落ち着きを取り戻したので、先に進むことにした。
すぐに、クリンソウの群生地らしき場所があった。
時期が悪かったのか、今年の花のつきが悪いのか、そこにも咲いているクリンソウは所々にしかなかった。
でも、京都の山でもクリンソウが見れるんだなあと嬉しかった。
群生地を過ぎ、柳谷峠を経て、魚谷山山頂(816.2M)へ。
そこで、濡れた衣服を乾かしながら、いつものように焼き肉と焼きそばを作って食べた。
ところで、登山をしていて、転倒することは頻繁にあるが、転落は久しぶりだ。
過去10年で、覚えているのは2回。
1つは、餓鬼岳(長野県)下山中。
木道を歩行している時、滑ってそのまま約1メートル下に落下。下は川だったが、柵があってそれ以上は落下しなかった。
2つは、祖母山(九州)。
急坂の下りでスピードが押さえきれず、そのまま前のブッシュへ落下。
硬いブッシュだったため、それ以上は落下せず、ブッシュの上で、仰向けになって亀のようにもがいていたのを、同行者に引き上げてもらった。
そして、今回。
気を付けないとあかん・・・