吉野弘さんという詩人が2月15日逝去されたことを新聞で知った。
恥ずかしながら、吉野さんのことは全く知らなかった。
吉野さんの「祝婚歌」は、結婚式の祝辞などで紹介されたりするらしいが、この詩が使われた結婚式に出席したことがなかった。
読めば読むほど、含蓄深く、過去の自分を振り返ると耳が痛い。
夫婦が、この詩のようなことを意識して生活すれば、もう少し離婚も減るのかな。
「祝婚歌」
二人が 睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは長持ちしないことだと 気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することになっても
非難できる資格が自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい
立派でありたいとか 正しくありたいとか 無理な緊張には 色目を使わず
ゆったり ゆたかに光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか 黙っていても
二人にはわかるのであってほしい
ブログ マチベンの日々
先日、新聞に、家電業界のスマホの次のターゲットはタイムログだと書いてあった。
「タイムログ」って何?と思い調べてみると、「人間の生活における様々な記録」という説明があった。
要するに日記?
いやいや、最近は、体重計における毎日の体重や体脂肪率の数値をそのままパソコンに取り入れたり、GPS付き腕時計によってランニングの距離や時間などをパソコンに記録することができる。
日々のあらゆる記録が正確にパソコンやスマホで管理できるから驚きである。
私のタイムログは、やはりアナログ(手書き)だ。
私たち弁護士は、業務の記録は、業務用の手帳を見れば、ほとんど正確にわかる。
あとは、プライベートな部分。
1つは、家計簿。大学生の頃からずっとつけている。
毎年12月になると、たくさんの種類の家計簿が出版されるが、8年程前から、高橋書店発行の「一ヶ月の収支がひと目でわかる家計簿」を愛用している。
家計簿をずっとつけているおかげで、仕事上も、破産者の家計表のチェックや別居夫婦の間で婚姻費用を決める際の家計の実態把握には、ある程度、自信を持っている。
2つ目は、4年前から「3年日誌」を書くようになり、今年は4年目になるので、また新しい「3年日誌」を購入した。
日記とは言っても、その日に何があったかを記すための、ほぼ備忘録がわりに使っているにすぎないが、何も書いていないと、どんどん忘れていくもので、結構役立っている。
タイムログをつけるというのは、1つの習慣あるいは癖なんだろうと思う。
日本テレビ系列で、先週から放映が始まった「明日、ママがいない」。
芦田愛菜が主演。私はあまりマナちゃんが好きじゃないので、初めは観るつもりはなかった。
ところが、第1話放映後、このドラマが児童擁護施設関係者の人権を侵害しているとして、赤ちゃんポストを設置する慈恵病院(熊本市)が1月22日、放送人権委員会に審議を求める申立を行ったことで、注目されることになった。
そこで、昨日、第2話が放映されたので観てみた。
確かに、すごい内容のドラマだった。
職員が子どもらに「お前らはペット」だとか、「(里親に気に入られたいなら)泣け」とか言ったり、施設に入所している子どもたちも大人顔負けの言葉を吐いたりし、施設外の子どもからイジメを受けたりもする。
慈恵病院の産婦人科部長が「第1回放送後に、施設の子どもがいじめられたとの報告を伝え聞き、緊急性が高いと判断した」と語ったのもうなづける。
私の依頼者の子どもが、父親から虐待を受け何ヶ月か児童擁護施設に入所したことがあった。
また、母親がやむなく子どもを置いて自宅を出たため、児童擁護施設に入所した子どももいた。
その後、その子どもらは、そのような施設で保護されたからこそ、危害を免れ、カウンセリングも受けたりして、現在は母親と共に普通の生活を送っている。
しかし、このドラマの施設職員やの子どもらの描き方では、それが「フィクション」であるとの断りが挿入されていても、どうしても悪く暗いイメージしか持てない。
現在、児童擁護施設に入所している子どもは約3万人にも及ぶという。
ドラマとは言え、その子どもとそこに働く職員らの心を傷つけたり、社会的な偏見をもたらしたりしないような番組作りを強く求めたい。
前回のブログで書いたように、新年早々から風邪を引いてしまい、仕事が始まってもずっと咳が続き体調がなかなか回復しませんでした。
先週も裁判や打ち合わせが入っていたので、仕事を休むことはできませんでした。
NHKの「あさイチ」で、風邪を治す薬はない(できればノーベル賞もの)、風邪は10日も経てば治ると言っていたので、その言葉を信じて、必要以外は、事務所でも自宅でもおとなしくしていました。
そして今週になって、徐々に体力も回復してきました。
先週、たまたま元依頼者のNさんに新年のあいさつと「風邪引いています」とメールをしたところ、すぐに野菜やインスタントおかゆなどをどっさり持って事務所まで飛んできてくれたことには、とても感激し、感謝感謝でした。
今年は少し出遅れましたが、これから健康に気を付けながら頑張ります!
2014年、明けましておめでとうございます。
本日から業務を開始しております。
今年もどうかよろしくお願いします。
ところで、今年は、元日から最悪の幕開けになってしまいました。
1月1日に旅先で38度の発熱。夜中じゅう咳も止まらず、苦しみました。
でも翌朝、熱が下がったので外出したところ、また体調不良に。
「寝正月」になってしまいました。
「体力」や「健康」に過信しない。
肝に命じます。
この年齢になると、クリスマスと言っても、どこかに出かけてディナーを食べるわけでもなく、クリスマスケーキを食べるわけでもなく、時には夜も仕事が入ったりして、日常と全く変わりがない日を過ごすことが多い。
そんな中、先週、元依頼者のMさんからクリスマスカードが届いた。
Mさんのことは、今年4月13日付けブログでも書いたが、難病で車椅子生活であったにもかかわらず、頑張ってずっと一人で生活されてきたが、今年3月、ケア付きの高齢者住宅に転居された。
その後、私が百名山達成したと手紙を出すと、いち早くお祝いの返事をくれたのもMさんだった。
Mさんは、確かクリスチャンだったと記憶している。
カードには、そんなMさんの優しさと敬虔さがあふれていた。
昨日は、元依頼者のGさんがお友達の手作りというシュトレンを持って、わざわざ事務所に寄ってくれた。
あいにく不在にしており、話をすることができなかったが、クリスマスらしい差し入れを事務所の所員皆でいただいた。
Gさんは、離婚後、ボランティア活動などもされたりして、とても輝いて年を重ねている素敵な女性。
仕事の合い間に、ちょっとクリスマス気分を味わうことができ、幸せな気分になった。
全く思いがけないメールだった。
今でも交流が続いている大学時代の友人から、11月初め「タイガースのチケットあり。行かない?」とのメールが突然届いた。
すぐに「行く、行く」と返信。
これまでもブログで書いたように、ジュリー(沢田研二)やピー(瞳みのる)のピンの催しには行ったことがあったが、ザ・タイガース全員のものはなかった。
特に、今年は、トッポ(加橋かつみ)まで加わり、デビュー当時のメンバー全員での復活コンサートが開かれることは知っていたが、そもそもチケットはとれるはずがないだろうと最初からあきらめていた。
それが、思いがけないところから声がかかったという次第。
12月17日、場所は大阪ドーム。
地下鉄駅から、私と似たような「年頃」の女性たちがたくさんドームに向かって行く。
「最初から、みんな立ちっぱなしだったら、どうしよう・・・」などと変な心配をしたりした。
大阪ドームは超満員。実に、総勢3万人の観客。
復活したタイガースは、5人とも60代のオジサンそのものだったが、タイガース時代の歌を聴くと、幼い頃の自分が思い出され、嬉しかった。
「僕のマリー」「落ち葉の物語」「青い鳥」「花の首飾り」「モナリザの微笑」「君だけに愛を」などなど、往年のヒット曲が次々と歌われた。
少数の人を除いて、観客の大半はスタンディングをせず、からだを揺らしながら、彼らと一緒に口ずさんだりしていた。
逆にアップテンポの曲の時は立てばいいのにと思ったが、わたし自身もそこまでの勇気はなかった。
少し早めの素晴らしいクリスマスプレゼントをもらった気分だった。
2013年12月5日。
なんと対称的な日になってしまったことか。
南アフリカのネルソン・マンデラ氏が死亡したというニュースが世界各国に飛び交った。
ずっと以前、マンデラ氏の半生を描いた映画を観たことがあった。
私は、高校の世界史の授業で南アフリカの「アパルトヘイト」を習っただけで、全く無知そのものだった。
映画を観て、その実態に驚愕するとともに、ネルソン・マンデラ氏という、投獄されても決して主義主張を変えず、南アフリカに「平等」をもたらそうと不屈に闘っている人がいることを初めて知った。
とても感動した。
そのマンデラ氏が75歳でこの世を去った。
他方、日本。
12月5日、日増しに高まる国民の反対世論を怖れてか、秘密保護法案を参議院ではわずか20数時間の審議で委員会強行採決。
翌6日深夜、参議院本会議で可決成立。
民主主義の否定そのもの。
そして、12月9日に、安倍首相が開いた異例の記者会見で語った「秘密の範囲は広がりません」「一般国民は関係ありません」という言葉は、前に「原発はコントロールされている」と語った時と同じくらい空虚で空々しく聞こえた。
形は違っても「不屈」に闘うこと、それがなにより大切。
とうとう12月に入ってしまいました。
今年もあとわずかで終わりです。
うちの事務所の相談室の廊下には、花などを飾れるコーナーがあるのですが、12月になると、今年はどのようなクリスマスバージョンの飾りにしようかと考えます。
これも、また楽しいものです。
そんな折り、最近、勝訴判決によって事件が解決した依頼者Tさんから、お礼と言って花束をいただきました。
Tさんは、自身が受けた多くの苦しみを乗り越えて、今日に至りました。
花束を持って来所されたTさんは、最初の頃とは見違えるほど明るくなっていました。
Tさんからいただいた花は、赤色がたくさんありましたので、今年は、このいただいた花を使って、クリスマス・バージョンのフラワーアレンジメントを作ってみました。
Tさんの喜びと輝きがあふれているようです。
京都府木津川市。
京都府南部にある市で、奈良県に近い。
約1300年前には、聖武天皇が、一時期、恭仁宮(くにのみや)という都を置いたこともある土地である。
その木津川市にマスコットキャラクターがいて、その名前が「いづみ姫」ということを先日の京都新聞で初めて知った。
2012年3月18日、市制5周年の日に生まれ、浄瑠璃寺の吉祥天女像がモチーフとのこと。
「いづみ」という名前は、昔、木津川が「いづみ川」と呼ばれていたことから名付けられた。
次のような歌もよまれている。
「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」
私と同じ名前がゆるキャラに付けられている、それも京都のゆるキャラに付けられていることは、なんとなく楽しく嬉しい。
ちなみに、この「いづみ姫」は2013年ゆるキャラグランプリでは、総合426位だったそう。
頑張ってね!
(女性弁護士の法律コラム NO.152)
現在、国会で審議中の「特定秘密保護法案」。
11月26日、政府与党によって衆議院で強行採決され、可決してしまいましたが、すぐに参議院で審議が始まっています。
京都弁護士会では、11月29日夕方から弁護士会館前に集合し、「秘密保護法案」に反対するパレードが行われました。
この日は、弁護士だけでなく、事務員さんや依頼者の方など市民の皆さんもたくさん駆けつけ、かなり長い列になりました。
うちの事務所も弁護士・事務局ともども参加しました。
手がかじかんでしまうほどの寒さでしたが、「秘密保護法案、反対!」「知る権利を守ろう!」と言いながら、弁護士会館前から堀川御池まで歩きました。
翌朝の新聞には、なんと約250名参加と書かれてありました。
ところで、自民党の石破氏は、11月29日の自身のブログで、デモのシュプレヒコールを「絶叫」と表現し、「テロ行為」と変わらないと書いているとの報道がありました。
十分な審議を尽くせという多くの国民の声に背いて強行採決しておきながら、抗議や反対の声を「テロ」とたとえるなどとは民主主義を否定するのと同じです。
私たちは、最後まで反対の声を上げていきます。
(女性弁護士の法律コラム NO.151)
現在、国会で審議中の「特定秘密保護法案」。
思わず絶句してしまうほど、ひどい内容の法案です。
「秘密」として指定されるのは、「防衛」「外交」「特定有害活動」「テロ」の4分野ですが、幅広い情報が「秘密」にされてしまいかねません。
例えば、「防衛」分野では「政府が極秘で核兵器を開発している」「自衛隊が海外で武器で人を殺戮している」、「テロ」分野では「テロ対策のため原発の設計・構造・安全性は秘密」など、国家の最も重要な問題がほとんど「秘密」となりかねません。
しかも、秘密の指定は「行政機関の長」が独断で行うことができます。
自民党、公明党、みんなの党の修正協議で、「首相が第三者機関的に関与」することで合意したとされていますが、「首相は行政の長であり、行政の責任者である。行政に対する第三者ではあり得ない」「その歯止めの役割を行政のトップである首相が果たす、というのは内部統制に過ぎず、第三者機関によるコントロールでないことは明確」です(2013年11月23日付け朝日新聞)。
そして、ひとたび「秘密」と指定されると、裁判所にも国会にも開示されません。
他方、刑事処罰については、秘密を漏えいした本人だけでなく、「共謀し、教唆し、又は扇動した者」も処罰されます。
私たち弁護士がそれらの刑事弁護を担当しても、それが本当に「秘密」かどうかなど内容については、弁護士にすら開示されることはありません。
これは、人が処罰を受けるには罪と刑が法律で定められていなければならないとする「罪刑法定主義」の大原則にも反するものです。
「これほど重要な法案をこんな愚かしい議論で通してしまってはならないし、私たちはこんな政治を『仕方ない』と許してしまってはならない」(同朝日新聞)
京都弁護士会では、四条河原町で、秘密保護法案に反対する街頭宣伝を行っています。
また、11月29日には午後4時45分京都弁護士会会館前からパレードを行います。
私たちとともに、反対の声を上げていきましょう!
11月23日、観光客で大混雑の秋の京都で、同窓会があった。
それも、昼間は高校、夜は大学と重なったが、運良く開催時間が異なったので、どちらにも参加することができた。
昼間は、岐阜高校の学年全体の関西同窓会。
今回は関西在住のメンバーが中心の集まりだが、岐阜はもとより、遠く東京など遠方からもたくさんの同級生が来てくれた。
会場が南禅寺の近くだったので、渋滞に巻き込まれた人は大変だったと思う。
私たちの頃の岐阜高校は1学年約500人の生徒がいたので、全く面識がない人もたくさんおり、同窓会で出会って初めて言葉を交わす人もいるが、何度か同窓会に参加するうちに、少しずつ知り合いが増えていくのもまた嬉しい。
夕方からは、京都大学法学部の時のクラス同窓会。
クラスとは言っても大学なので、1~2回生の教養部の時、語学の授業を一緒に受けたり、クラスで討論会などをやったりしたメンバーである。
他のクラスでは、毎年同窓会を開いているクラスもあるらしいが、私たちのクラスは卒業以来初めてだった。
会場は、京大近くの居酒屋さん。
京大の学園祭が開催されていたらしく、それに寄って来たという人もいた。
ほとんどが卒業以来初めて会う人ばかりで、さすがに○十年ぶりの再会に「誰だっけ?」と考えてしまう人が少なくなかった。
でも、しばらく話している内に、当時の面影などが浮かび上がり、男性の多くは髪をロン毛にしていたのに、それがすっかり短く、薄く、白くなって、あらためて時の流れを感じた。
アラカンの私たちだから、そのうち1人2人と欠ける人も出てくるだろう。
実際、高校の同窓生の中には、ここ数年で急逝した方もいる。
今後も、できるだけ会えるうちに会っておこうと思った。
京都で暮らす東日本大震災の被災者に新成人用の振り袖を贈ろうと、京都市下京区のNPO法人「京都SEINEN団」が古い着物や小物など不用品の寄付を呼びかけていることを、ずいぶん前の京都新聞の記事で読み、切り抜いておいた。
以前ブログに書いたように、実家を処分し、亡き母が持っていた大量の着物を自宅に持って来ていたので、昨日、やっとそれらの整理に手をつけた。
当初は、京都のどこか古着屋に持って行こうと考えていたが、その新聞記事を読んでからは、この企画に寄付しようと決めていた。
そして、寄付の締め切りが11月30日なので、やっと整理に手を付けた。
「こんな古い着物が役にたつかなあ。ゴミになるだけかも」とは思いつつ、衣装ケース一杯の着物を運んだ。
12月22日に同NPOが避難者向けの成人式をゼスト御池で行うとのこと。
こんな古い着物でも、少しでも役に立てればなあ・・・・母もきっと喜ぶだろう。
※古い着物や小物などの提供希望者は、11月30日までに、地下鉄ゼスト御池にある「愛きもの館ゼスト店」に送るか、直接持ち込む。
(女性弁護士の法律コラム NO.151)
昨日は、京都弁護士会主催の第43回憲法と人権を考えるつどい「刑事裁判の現在(いま)」に参加しました(於 シルクホール)。
第1部は、「『それボク』」の世界は変わったか?」と題しての映画監督周防正行さんとの対談。
周防監督は、これまで「それでもボクはやってない」と「終の信託」という2本の映画の中で刑事司法を取り上げました。
自白偏重の刑事司法をわかりやすくかつ歯切れ良く批判されると共に、現在、法務省法制審議会のメンバーをつとめておられる上での苦労も感じられる発言でした。
第2部は、周防監督に加え、元裁判官の木谷明弁護士と冤罪事件である布川事件の元被告桜井昌司さんを交えたパネルディスカッションでした。
桜井さんが、コンビニですら監視カメラがついて一般市民が監視されているのだから、取り調べが監視されないのはおかしいと皮肉を込めて言われた発言が「そのとおり!」で印象的でした。
また、周防監督は、裁判員になったら、どんどん裁判官に質問して、裁判官の姿勢を変えていってほしいと言われました。
昨日までの間に何人かの知人や依頼者の方から「行くからね」と葉書や電話をいただいていました。
が、当日は、500名くらいの参加者があり、たまたま会場で、元依頼者のMさんと出会い、二人で一緒に聴くことができました。
弁護士が演じる寸劇もあり、とてもわかりやすい講演会だったと思います。
市民の皆さんと一緒に、少しずつでも刑事司法の重い扉を開けていかねばなりません。
市民ランナーの身近なランニングコースとなっている鴨川と高野川沿いを、京都府がさらに走りやすく、歩きやすく整備を進めており、このほど整備が終わったルートの北部分には、ランナーが走った目安にできる500メートルごとの距離票が設置された(京都新聞2013年11月7日付け夕刊)。
昨日は、天気も良かったので、早速、RUNしてみた。
出発は、高野川の松ヶ崎人道橋の手前から。
松ヶ崎人道橋近くにある最初の距離標。
「鴨川合流点から2.0㎞」とある。
高野川と鴨川との合流点。
高野川と鴨川は、賀茂大橋付近で合流し、それ以南は、賀茂川となる。
賀茂大橋を過ぎると、距離標は「桂川合流点
から12.0㎞」となっていた。
桂川までは、まだRUNしたことがない。
三条大橋まで走ったが、距離標は、丸太町橋の手前までしか設置されていなかった。
賀茂川沿いは、春は桜並木が見事だが、今は、桜や銀杏の木々が紅葉し、とても美しかった。
快適なランニングとなった。
11月3日午前は、白倉岳(950M)に登ってきた。
白倉岳は、比良山系と安曇川をはさんで西側に位置する山で、旧朽木村(滋賀県高島市)に位置する。
午後から雨予報だったので、午前6時に自宅を出発。
登山口はいくつかあるようだが、「村井登山口」から入った。
最初はなだらかだが、すぐに、まっすぐ上に伸びる急坂の登山道となる。
その後は、平行移動となり、山頂に近づくと、また急坂となった。
登山道はよく整備されている。
秋の紅葉を期待して登って来たが、ほとんど紅葉はなし。
全国的な猛暑で、今年の紅葉はやはりダメか・・・
白倉岳山頂は、小さな広場となっているが、木々に囲まれ、展望はあまりよくない。
早目の昼食は、今日もまた「山の料理」。
材料の野菜は兼用できるので、メニューは野菜炒めと焼きそば。
山で食べる料理は格別だ。
山頂からは、栃生(とちゅう)登山口に向かって下山する。
なんと下山路は、あちこちの木々が紅葉している!
色づきは今ひとつだが、所々に色鮮やかな紅葉も見られた。
とりわけ見事だったのは、1本の木なのに、下方の葉は緑、中程はオレンジ色、上方は真っ赤という紅葉があった。
下山の登山道は、まっすぐ下方に向かったかなりの急勾配の坂道で、しかも枯れ葉がたくさん落ちており、何度も滑った。
それでも、なんとか雨が降り出す前に下山することができた。
今日の山行きでは、誰一人、登山者と出会うことはなく、穴場の山だった。
ちなみに帰宅して調べたところ、見事な紅葉は、ハウチワカエデ(羽団扇楓)という名前の木であることがわかった。
ドリッパーひとつで、コーヒーの味がこんなに変わるとは思わなかった。
何で読んだのか、聴いたのか、覚えていないが、ハリオの円錐形ドリッパーで入れたコーヒーがおいしいという評判を知ったので、先日、デパートで買ってみた。
これまでは、ずっと、底に穴が3つ空いている扇形ドリッパーを使ってきた。
同じコーヒー豆で、早速、買ってきた円錐形ドリッパーを使って入れてみた。
「おいしい!」
そんなにコーヒーの味に通じているわけでもない私にも、昨日飲んだコーヒーと今飲んでいるコーヒーの味が違うことがはっきりわかった。
コーヒー豆の本来の味が出てる!
円錐形ドリッパーは、外観はこれまでの物と同じだが、底面には大きな穴が1個だけ空いており、内側がスパイラル状の形状になっている。
ハリオのホームページには「ここが違う!!」と次のような解説がある。
(その1)珈琲粉がしっかり膨らむからこそ、おいしい。
円錐形にしたことで、注がれたお湯が中心に向かって流れるため、珈琲粉に触れる時間が長くなることにより、珈琲の成分をより多く抽出することができる。
(その2)ネルドリップに近い抽出ができる。
大きな穴からペーパーの先端が出ることで、注がれたお湯がドリッパーからの制限をうけることなく、よりネルドリップに近い抽出ができる。
(その3)蒸らしの際に空気がしっかり抜ける
ドリッパー内部のリブ(凸部)を高く上部まで付けることにより、ペーパーとドリッァーの密着をふせぎ、空気の抜ける空間ができる。
お奨めです。
色は、赤色以外にも、透明、白、黒がありました。
※過去ブログの中の「私のお気に入り(その1)~(その7)」は、右の検索欄に「私のお気に入り」と入力して、ご覧ください。
弁護士には、多彩な才能の持ち主が少なくない。
東京・八王子合同法律事務所の飯田美弥子弁護士は、学生時代の落語研究会の経験を生かし、憲法の話を落語でわかりやすく講演していると評判が高い。
過日、思いがけず、彼女の講演の「さわり」を聴くことができた。
2013年10月20・21日の両日、私が所属している法律家団体の全国総会が岩手で開催された。
憲法改悪、秘密保護法案、労働法制の更なる改悪、事件活動など、現在、押し迫っている焦眉の多くの課題について、各地からたくさんの報告がなされた。
20日(1日目)の夜は、恒例の懇親会。
懇親会はだいたい午後8時過ぎには終了するが、その後も、有志参加のまじめな勉強会があったりする。
私は、たいてい同期の友人らと風呂に行ったり、部屋でしゃべったりして、企画にはあまり参加したことがなかった。
でも、今回は、懇親会もそこそこにして企画に参加した。
お目当ては、「みややっこの憲法学習会」。
懇親会で酒が入った弁護士相手に、落語での憲法学習会の一部をわざわざ披露してくれるという。
先着40人ということだったので、急いで会場に行き、1番前のかぶりつきの席を陣取った。
飯田弁護士の高座名は「八法亭みややっこ」。
「八法じゃなくて、六法にしたら良かったのに」と言ったら、「事務所が八王子合同だから、八なの」という答えが返ってきた。
着物を着て高座に上がった「みややっこ」さんは、時折「オチ」や「ヒネリ」を入れた、たくみな「噺」で自民党憲法草案をメッタ切りして聴衆を大いにわかせた。
難しい話を笑いも交えながらわかりやすく話す・・・・難しいことだが、私も「みややっこ」さんの爪のアカでも煎じて、勉強したい。
これまで日帰り登山の時の昼食は、コンビニ弁当を持参するか、カップラーメンを持って行くかで、安直に済ませていた。
山仲間のA弁護士が、弁護士会のリクレーションの時などには、フライパンを持参しで焼き肉をし、私たちにもお裾分けしてくれたりするのを見て、私も山で料理がしたくなった。
山用のフライパンを購入し、早速、日帰り登山で実践してみた。
メニューは、焼き肉と焼きそば。
油は、肉を買った時に付いて来た牛脂とチューブ入りバターを使用。
焼き肉は前の晩からタレにつけこみ、ジッパー付きのビニール袋に入れる。
野菜は、朝、カットして、これもビニール袋に入れる。
まあ、山であろうと、自宅であろうと、下ごしらえとしてすることに変わりはない。
でも自然の中で自分で調理した物を食べるのは、格別である。
味気のないコンビニ弁当とは格段に異なる。
次は何を作ろうかなあという楽しみも増えた。