1. ブログ マチベンの日々

ブログ マチベンの日々

「在宅ひとり死」のススメ

 
昨年10月29日京都新聞夕刊の「現代のことば」欄に上野千鶴子さんがこのタイトルで文書を書いていた。
 
上野さんの言う「在宅ひとり死」とは、在宅死から家族のみとりを引き算したもの。家族でない人々に支えられた死だから、「孤独死」ではない。
 
実は、昨年12月28日付けコラムに書いたSさんは、1月8日亡くなられた。
新年になって、会うことも声を聞くこともないまま、Sさんは逝ってしまわれたが、年末ぎりぎりに遺言を作成することができて本当に良かったと思った。
 
そのSさん、生前は独身で一人暮らしだった。
打ち合わせのため何度か自宅を訪問したが、必ず何名かの友人の方が交代でSさんの身の回りの世話をしに来られていた。
本当に多くの友人に支えられて、充実した「おひとりさま」人生を過ごして来られたことを実感した。
最期の様子はまだ伺っていないが、きっと「孤独死」ではなかったと思う。
 
今は、Sさんの遺志である遺言の内容を執行していくことが私の仕事である。

ヤマグチ・クロス

 
何を隠そう、実は、私は、アサミスト(「浅見光彦」ファン)である。
作家内田康夫のミステリー小説は、単なるトリックや謎解きではなく、そこに時々の社会問題と「人の情」が盛り込まれているところが面白い。
 
新刊が発売されるとすぐに、同じくファンであるO弁護士が本を購入し、彼が読み終えると、すぐに私に貸してくれるというパターンができ上がっている。
 
年末年始は少し時間ができたので、昨年10月に発売され、O弁護士から借りたままになっていた「汚れちまった道」(祥伝社)と「萩殺人事件」(光文社)の2冊の単行本を読んだ。
 
今回の同時期に発売されたこの2冊の小説は、「ヤマグチ・クロス」という企画で作られたもので、山口県を舞台に2つの作品が交差(クロス)しながら展開するという面白い構成になっている。
 
「汚れちまった道」は浅見光彦が主人公として、その視点で書かれ、「萩殺人事件」の方は、浅見の友人松田将明を主人公として、その視点で描かれ、次々に起こる事件がそれぞれ錯綜しながら展開する。根っこにあるのは、「萩・防府高規格道路建設計画にまつわる不正」・・・・
 
ところで、この2冊の本の読み方であるが、通常どおり、それぞれ1冊ずつ読むのもよいが、せっかく「ヤマグチ・クロス」という特別企画の作品なのだから、是非、浅見光彦倶楽部事務局が紹介する「交互読み」をお勧めする。
「読み方」順の詳細は、ネットで「ヤマグチクロス 読み方」と入力して検索してみてください。
 
 

ベアテ・シロタ・ゴードンさん

 
ベアテ・シロタ・ゴードンさん。
日本国憲法に24条の「男女平等」条項を書いてくれた米国人女性である。
昨年12月30日、89歳で亡くなったことを新聞で知った。
 
ベアテさんは、5歳の時にロシアのピアニストの父とともに来日し、少女時代を日本で過ごした。その後、渡米し、戦争情報局やタイム誌で働いた後、1945年GHQ民政局のスタッフとして再来日。22歳の若さで日本国憲法草案の人権条項作成にたずさわり、憲法24条を明記することに尽力した。戦前の女性の無権利状態を憂えての24条だった。
草案に対し、当時の日本側は「こういう女性の権利は全然日本の国に合わない、こういう権利は日本の文化に合わない」と猛反発した。
だから、ベアテさんがいなければ、日本の「男女平等」はどうなっていたかわからない。
 
なお、24条ができた経緯については、ベアテさんの自伝「1945年のクリスマス」に詳しく書かれてある。
 
共同通信に対して、ベアテさんの娘ニコルさんは「母は生前、憲法の平和、男女同権の条項を守る必要性を訴えていた。改正に総じて反対だったが、この2つ(の変更や削除)を特に懸念していた。供物で弔意を示したい場合は、代わりに護憲団体・9条の会に寄付してほしい」と語ったそうだ。
 
憲法24条そして9条・・・・未来の子どもたちのために、今を生きる私たちが守らなければならない日本の宝だ。
 

「しま村」の白味噌で、お雑煮

 
私は、中部地方出身なので、子どもの頃から正月に食べてきた雑煮は、ずっと、おすまし仕立てで、餅も焼いたりしない。餅の他に入れる物も、小松菜がメインで、あとは大根・人参・しいたけ・鶏肉などを入れたり入れなかったり。
 
京都は、白味噌の雑煮であることを知って、見よう見まねで作ってみたこともあったが、やはりあまりなじめなかった。
 
白味噌の味噌汁が本当に「おいしい!」と思ったのは、京都のなかなか予約の取れない店「なかひがし」のコース料理の中で出された時だった。
甘すぎず、とろーりとして、シンプルだが絶品だと思った。
 
そして、たまたま何かの雑誌で、「なかひがし」の女将さんの実家が京都の「しま村」という味噌屋さんで、「なかひがし」もこの「しま村」の白味噌を使っていることを知った。
ネットで調べると、「しま村」は、河原町今出川近くの住宅街にあることがわかったので、昨年11月頃に家裁からの帰りに寄ってみた。
店らしき建物は見つかったが、どうも小売りをしているような雰囲気はない。
それで、色々な人のブログを読むと、錦市場の「麩嘉」という店で取り扱われていることがわかり、昨年末やっとゲットできた。
 
そして、今日、今年はじめて「しま村」の白味噌で雑煮を作ってみた。
水の分量、味噌の分量、出汁の取り方などきちんと正確にはかった。砂糖やみりんは入れない。味噌と出汁だけ。餅のほかに、別にゆでた大根と人参を入れて食べてみた。
「なかひがし」の味噌汁とまではいかないが、かなりおいしい出来映えだと思った。
 
餅がなくなるまで、今年は白味噌の雑煮を楽しむことにしよう。
 

新年明けましておめでとうございます。

 
明けましておめでとうございます。
 
一つ一つの法律相談や事件が当事者の方々の「人生」そのものと考え、丁寧かつ真摯に取り組んでいきたいと思っております。
 
また、新政権誕生によって、憲法とりわけ9条改悪の動きが強まることを懸念しております。
「平和」だけは絶対に譲れません。
 
本年もよろしくお願い申し上げます。

 
予想されていたこととは言え、12月16日の衆議院選挙での自民党圧勝には大きく落胆した。
小選挙区で自民党候補の名前を書いたのは全有権者の約4分の1、比例代表に至っては15.99%だった。自民党の勝利は必ずしも民意を反映したものではなく、小選挙区制という選挙制度の欠陥が露呈したにすぎない。
 
しかし、自公に民主や維新も加われば、国会では恐いものなしである。
早くも、憲法改「正」や原発新増設の発言が首相や閣僚から堂々と飛び出している。
 
12月27日付け京都新聞夕刊の上野千鶴子さんの「現代のことば」から。
まず、上野さんは、フクシマの原発事故に関し、
「事故を招く原因を長期にわたってつくったのは、元の自民党政権である。責任者をだれひとり追及せず、処罰せず、原因究明すらできていない状況で、いわば事故の『戦犯』ともいうべきひとびとを、有権者はふたたび政権の座に就けてしまった。」
と語る。
 
そして男女平等に関して、今回の選挙で、複数の女性団体と個人が実施した「ジェンダー平等政策」全政党アンケートの結果の分析によると、脱原発を支持する政党ほど男女平等に積極的であり、憲法「9条」を守る政党ほど男女平等度が高かった。
更に、上野さんが「おもしろいのは」と言うのが、規制緩和と自由競争を支持する政党は「女性の活用」には積極的なのに、「女性の権利」を守ることには積極的ではない、という共通点が見られたこと。
「なるほど、女にも働いてもらいたい、だが自分たちにつごうのよい働き方をしてもらいたい・・・というネオリベ派のホンネがよく見える」
 
今回の選挙結果によって、民法の分野での、選択的夫婦別姓の導入や非嫡出子差別の撤廃などは明らかに遠のくだろうし、「自助」という名で生活保護の切り捨ても強まるだろう。
そして憲法改悪への準備も・・・・
 
でも、私たちは、そういう「民意」を現政権に与えたわけではない。
来年ものんびりしていられそうにないな・・・・
 
 
 
 
 

配偶者介護で調査・・・女性は現実的!?

 
今朝のNHKテレビニュースで、面白い調査結果を放映していた。
 
首都圏や関西で有料老人ホームを経営する会社がインターネットを通じて、今年10月、40歳以上の男女約1200人から配偶者介護についてアンケートをとった調査結果である。
 
将来、配偶者に介護が必要となった場合、「自分で介護したい」と回答したのは、
男性約55%、女性約36%。
自分が認知症になった時、「大切な人に介護されたい」と回答したのは、
男性25%、女性10%。
 
男性は、介護の大変さをあまり実感していないのか、あるいは「介護は家族ですべきもの」と考えているのか。
女性の方が介護の大変さも含めて現実的に考えているよう。
 
更に、興味深い調査結果が続く。
夫婦が同じ老人ホームに入所した場合、「別々の部屋」で生活したいと回答したのは、
男性19%、女性34%。
 
妻が「せめて墓だけは、別々にして」という笑い話のような「本音」が語られることがある。
このような「死んでからくらい自由にさせて」という妻たちの言葉は聞いたことがあったが、最近は、生きてるうちから「好きにさせて」というのが妻たちの「本音」のようだ。
 
 
 
 
 
 
 

面白かった!「ドクターX」

 
毎週木曜午後9時からテレビ朝日系で放映されていた米倉涼子主演の「ドクターX」。
先週12月13日の最終回は、24.4%と高視聴率を獲得した。
 
主人公は、「白い巨塔」の大学病院にフリーランスの医師として「派遣」されて働く女医大門未知子。
どんな難しい手術でも「失敗しませんから」と言い放ってやってのけ、また事務的な仕事については「医師資格がいらない仕事は致しません」 と堂々と拒否する。
大学病院の院長だろうと、部長だろうと、権力におもねず、はっきりモノを言う。実に痛快。
脚本は、5年前の篠原涼子主演の「ハケンの品格」と同じ中園ミホ。
「ハケンの品格」も当時、高視聴率を獲得した。派遣社員の主人公は午後5時以降の残業を拒否し、正社員が残業するのを「無能だから」と言い切るところなどが痛快だった。
 
テレビドラマだから内容にはコメディタッチの所もあるが、これだけ高視聴率が得られるのは、普段、自分の権利も行使できず、上司にモノも言えず、正社員と同じ仕事をしているのに低賃金で、日々耐えながら働いている、とりわけ非正規雇用の労働者たちの声を代弁しているからのような気がする。
 
ところで、ドラマだから、あまり野暮なことは言わないが、法的な解説を少しだけしておく。
まず、「医師の派遣」は現在派遣法で禁止されており、派遣労働者として働くことはできない。職業紹介を受け、病院と直接雇用契約を結び、雇用期間を定めて働くフリーの医師は実際にいるらしい。
次に、ドラマでは、岸部一徳演じる神原が大門の労働の請求書を持って取り立てに行く場面が何回か出てくるが、これは、大門が派遣労働者でないならば、賃金は労働者(すなわち大門本人)が病院から直接受領しないと、労働基準法違反になる。
 
続編を大いに期待している。

ドアスワッグを作ってみました。

 
当事務所の相談室の廊下には、小さな飾り棚がある。
私は、その飾り棚に、季節が変わるごとに、その季節に合った花や物を飾って楽しんでいる。
 
12月は、もちろんクリスマスバージョン。
最初は、壁に、ウチにあった既製のリースを飾ってみたが、とても貧弱で悲しくなった。
そこで、ドアスワッグ(ドア飾り)を作ってみようと思い立った。
以前は、友人が毎年作ってくれており、「今年もお願いね!」と頼んではいたものの、少し遠方に住む友人でもあり、しばらく会っていないので、間に合わなかった。
 
生の「もみ」を使って悪戦苦闘すること、約1時間。
それなりに満足な仕上がり。
いかがでしょうか?
 

 
先月末、京都市東山にある高台寺に行った。
高台寺は、豊臣秀吉夫人の「ねね」の寺として有名で、秋には紅葉も見事だ。
 
でも、目的は、紅葉ではなく、このブログでも紹介した蒼山日菜さんの切り絵展。
蒼山さんの作品は、靴を脱いで寺の室内に入ったすぐの部屋から展示されていた。
 
0.3ミリという線で描かれた作品は、人がハサミ1本で作ったものとは思えない程、繊細で美しい。
蒼山さんの切り絵と言えば、ローマ字をデザインしたものが知られているが、今回の個展では、京都に合わせたのだろう、「花筏」など漢字やひらがなをデザインしたものが飾られており、どれも素晴らしい作品だった。
 
切り絵展は12月10日まで。
寺の拝観料だけで見ることができます。

一見さんお断りの店(ニュー万長)

 
「一見さんお断りの店」と言っても、祇園の高級クラブやお茶屋さんではない。
西陣にある焼き肉屋さん「ニュー万長」。
 
昨日は、幼なじみのshocoさんとその友達2人が名古屋と東京から来京されたので、夕方から私も合流した。
shocoさんの知人の葉石かおりさん(2012年7月31日ブログ参照)の紹介により、夕食は「ニュー万長」での焼き肉三昧が実現した。
「ニュー万長」はもちろん葉石さんの著書「おひとりさまの京都」でも「一見さんお断りの焼き肉店」として紹介されており、なんとか食べに行くことができないかなと思っていた店。
たまたま、shocoさんと葉石さんとが知り合いで、ラッキーな偶然だった。
 
青いのれんをくぐると、カウンター席が並び、私たちはその奥の座敷に案内された。
庶民的な店。
ほどなく、この店のおかあさんらしき人が現れ、「○○と△△でいい?」と聞かれ、お任せした。メニューがあるのか、ないのか??
大盛りのカルビ2皿とミノ1皿を4人でペロリとたいらげた。
「これ食べて」と出されたオカラも家庭の味。
おいしい!しかも安い!
 
帰り際に、おかあさんに「もうこれからは『一見さん』じゃないことになるの?」と尋ねると、「さあねえ」とつれない返事。
その受け答えも京都らしい!と他の3人には受けていた。
 
顔を覚えてもらうまで通いつめないと、いつまでも「一見さん」かしら・・・・?
 
 

袋田の滝と男体山

 
日本三名瀑というのをご存知だろうか?
誰が決めたのかは知らないが、栃木県日光市の「華厳の滝」、和歌山県那智勝浦町の「那智の滝」、そして茨城県大子町(だいごまち)の「袋田の滝」の3つを言うようだ。
 
前2つは知っていたが、「袋田の滝」は先月新聞で読んで初めて知った。
近くに男体山(654M)という山もあるようなので、11月24-25日の連休に軽めの登山と紅葉狩りを兼ねて行ってみた。
 
男体山の大円地(おおえんち)の登山口に着いたのは午前11時半頃。
一般コースと健脚コースとに分かれていたので、一般コースを登ることにする。
一般コースとは言っても、山道の登山道で、ジグザグと登って行く。結構、急坂も多い。
大円地との分岐から更に急登を登ると尾根に出、そこから山頂はすぐだった。
茨城に住む友人は、山頂に直登する健脚コースをスニーカーで登ったというのだから驚きである。
 
連休ということもあって山頂は、たくさんの登山者でにぎわっていた。遠くに筑波山も霞んで見えた。
山頂からは月居山(つきおれさん)・袋田の滝まで縦走することに。
ほとんどの登山者は大円地の登山口に戻るようで、滝方面へ縦走する人はまばら。
縦走とは言っても、平行な尾根歩きではなく、ド~ンと下ってまた登り返すというアップダウンのある登山道。
約3時間かかって袋田の滝の手前にある月居(つきおれ)山を「これで登りは最後」とばかり必死で登る。
縦走路の紅葉はほとんどが終わりかけであったが、月居山山頂の紅葉はまだ見事な赤で、ここまで来た甲斐があったとしばし喜んだ。
 
ところが、月居山を下ると、袋田の滝に行くには、再び長く続く階段を上って、また下らなければならなかった。この最後の階段の上り下りは相当足にこたえ、階段の手すりにつかまりながらヨタヨタとしか歩けなかった。
階段の上から滝を眺め、もう暗くなりかけ始めていたので、滝には明日また来ることにした。
 
25日早朝、再度、「袋田の滝」を訪れる。
受付で入場料を払い、滝に向かう全長276Mのトンネルを抜けると、目の前に豪快な滝が現れた。
高さ120M、幅73M。4段に落下することから別名「四度(よど)の滝」とも呼ばれているが、残念ながら、観瀑台からは3段しか見えない。
だが、その豪快な滝の流れには圧倒される。さすが三大名瀑と言われるゆえんである。
この滝は、冬、マイナス10度以下の日が何日か続くと、氷結するという。
機会があれば、是非、冬の滝も観てみたいものだ。
 
紅葉の方は、全体的には、少し遅かったかなあという感じだったが、秋の日を満喫できた2日間だった。
 
 
 
 

無縁社会を考える(憲法と人権を考える集い)

 
実に、考えさせられる、良い講演会だった。
 
昨日は、京都弁護士会主催の「憲法と人権を考える集い」に参加した。
今年のテーマは、「無縁社会を考える~孤立死ゼロへ~」。
第1部は、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんの基調講演、第2部は、NHK報道局社会番組ディレクター板垣淑子さんほかによるパネルディスカッション。
 
「集い」の実行委員ではなかったが、どれだけの来場者があるかと少し心配して出かけたが、私が着いた時には約800人の会場は満員。
「無縁死」「孤立死」というショッキングなテーマは、実は、血縁、地縁、社縁(会社の中でのつながり)が薄れ、しかも社会保障が貧困な今の世の中では、実は誰もが他人事ではない問題だった。
 
路上生活者がやっとアパートに入った途端、孤立化してしまい、また路上に戻ってしまう・・・
無縁な老人対象のビジネスも盛んのよう。「他人に迷惑をかけたくない」と、老人が自分の死後の葬式代などとして、生前に業者と数百万円の契約を結び、安心する・・・・
お互い、「迷惑」をかけ合いながら、助け合いながら、生きるのが人間社会だったはずなのに。
 
死は生きることの延長線にある。だから、生きている時に孤立している人は、孤立死しやすい。
だから、生きている中でのつながりが求められる。
弁護士としてだけでなく、自分個人の生き方も問われている思いがした。
 
 

南座観劇・錦秋新派公演「滝の白糸」「麦秋」

 
ほんと久しぶりに生の舞台を観に行った。
南座の11月公演は、劇団新派の「滝の白糸」と「麦秋(ばくしゅう)」の2本。
 
観に行こうと思い立った動機は、「男はつらいよ」の山田洋次監督が脚本・演出した「麦秋」を観たいと思ったからだった。
でも「麦秋」目当てに行ったのだが、「滝の白糸」の方が面白かった。
 
「滝の白糸」は、泉鏡花原作で、明治中頃の北陸を舞台に、美貌の太夫・滝の白糸と元士族の青年との恋い物語。
主人公の「滝の白糸」を演じるのは女形歌舞伎役者の市川春猿。
太夫や旅芸人らの華やかな芸と悲恋の舞台で、劇中で実際に披露された水芸は、初めて観たが、圧巻だった。
最後は、「滝の白糸」は裁判所で舌を噛みきって自害、検事補となった青年はピストルで自決という悲劇で幕。
 
これが泉鏡花の世界なのだ・・・と思わせる舞台だった。
 
 

NHKEテレ「原田正純、水俣、未来への遺産」

 
今年6月11日に亡くなられた医師原田正純先生。
このブログでも、過去2回書かせていただいた(2012年6月12日付け、2011年5月25日付け)。
 
その原田先生の姿を追ったドキュメンタリー番組「原田正純 水俣 未来への遺産」が11月4日と11月11日(再)に放映された。
その生涯を水俣病と共に歩んだ原田先生の姿が丁寧に描かれていて、あらためて深く感銘を受けた。
「水俣病は病気ではない」「殺人ですよ。企業と国による犯罪です」
多くの人の命と健康を奪う原発問題が起きても、命の重みをなんとも感じていない今の政治家や財界の人間たちが本当に情けなく思った。
 
番組の中で、海辺で胎児性患者2人と若き日の原田先生が語るシーンがあった。
「頭の中の手術はできないの?」と女の子が原田先生に尋ねる。
有機水銀中毒である水俣病は、治らない病気だ。
原田先生は「頭の手術をする病気は、死んでしまう病気だもん」と苦しい嘘をつく。
泣き出す女の子。
原田先生は、その治らない病と生涯かかわった。
 
原田先生は、若い学生たちに語る。
「医師は中立でなければいけないと僕は批判される。中立って何ですか?力の弱い患者の側に立つことが本当の中立ですよ」
 
宇治ユニチカ工場の二硫化炭素中毒症の裁判で、原田先生の尋問担当となり、何度か直接お目にかかることができたことは、私の弁護士人生の中でかけがえのない宝となっている。
 
医師と弁護士という職業の違いはあっても、「人間の命と健康を守ること」と「力の弱い者に寄り添う気持ち」は、決して忘れてはならないとあらためて感じた。
 

「ズック」は、死語!?

 
11月6日付けブログ「伊吹山登山」で8合目からは「ズック」で登れると書いたところ、同年代の友人から「今時は、『ズック』という言葉は使わないらしいよ」というメールが届いた。
 
そうなのか・・・・知らんかった!
「今時の人には、通じない」と言われると、ちょっとショックだった。
昔の「ズック」は、今時は「スニーカー」あるいは「運動靴」なんだそうな。
ちなみに、インターネットで調べると、「ズック」の語源はオランダ語のdeokとのこと。
 
そこで、ほかに、今時、死語となっている言葉を探してみた。
「とっくり」  →  タートルネック
「ズボン」   →  パンツ
「アベック」  →  カップル
「チョッキ」  →  ベスト
「つっかけ」  →  サンダル
 
やっぱり私は、昭和の人間だ・・・・
 
 

伊吹山登山

 
11月4日(日)は、絶好の登山日和になったので、関西からは近場の伊吹山(1377m)に登った。
 
伊吹山は日本百名山の1つで、ふもとから登るのは2回目。
ふもとからだと、おおよそ1100mほどの標高差がある。
前回は、2002年7月に夜間登山した。
伊吹山は花の百名山の1つでもあり、夏になると、8合目から山頂にかけてのお花畑はとても素晴らしい。
ドライブウェイもあるので、8合目までは車で来れるし、そこから山頂まではズック(=運動靴のこと)で登ることもでき、一般観光客も多い。
しかし、ふもとからの登山道は、3合目以降は樹林帯もなく、真夏の7-8月に登ろうと思うと、灼熱の太陽を避けて夜に登るしかない。
そこで前回は、午後8時頃から登山を開始して山頂の小屋で宿泊し、早朝下山した。
 
今回は、11月なので、もちろん花はなし。2合目から3合目にかけては、一面のススキ原が見事だった。
秋の太陽は、日焼けがちょっと気になるが、暖かくて優しい。
 
登山日和だったせいか、登山者は多く、山頂に到着すると、更にドライブウェイからの一般観光客も合流し、かなりの賑わいとなっていた。
さすがに山頂の風は冷たく、売店に入ってストーブで暖を取りながら、ラーメンを食べた。
 
下山は、琵琶湖や空に浮かんでいるパラグライダーたちを眺めながら、駆け下りた。
 
 
 

にこたま(二黄卵)

 
先日、元依頼者Iさんから「滋賀県高島まで卵を買いに来てるので、先生に持って行きたい」と嬉しいメールが入った。
 
いただいた卵は、スーパーで売られているLサイズのものより1.5倍くらい大きい卵だった。
Iさんは何も言わずに帰ったので、その時は「大きい卵やなあ」と単純に感動しただけだった。
そして、実際に調理してみて、もっとビックリした。
なんと卵を割ると、卵黄が2つ入っているではないか!双子の卵や~
 
すぐにインターネットで調べてみた。
このような卵は、二黄卵(におうらん)、俗には「にこたま」と言って、そのほとんどは産卵開始後まもない若鶏が産んだ卵である。
薬物投与等の人為的方法で作り出されることはなく、大きさや重さが飛び抜けているため、産卵開始後まもない若鶏しかいない養鶏場であれば比較的簡単に見分けられる、ということも知った。
 
いただいた卵はすべて二黄卵だった。
そして、この卵でほんとの目玉焼きも作った。
 
何年生きてきても、知らないことは一杯あるものだ。
 
 
 
 
 
 

立川談春独演会

 
昨日、「今、最もチケットが手に入りにくい落語家」立川談春の独演会に行って来た。
 
お金を払って落語を観たのは初めてだった。
以前、テレビ「ソロモン流」で立川談春のことを取り上げていたので、1度、行ってみたいと思っていた(ミーハーです)。
たまたま京都の府民ホールアルティで独演会があることを知り、チケット発売からはずいぶん日が経っていたが、なんとか2階席の最後列が空いていた。
 
午後2時から午後4時半まで、談春1人で「かぼちゃ屋」「死に神」「明烏」の3席。
 
落語はほとんど聞いたことがないので、申し訳ないが、その善し悪しはコメントできない。
でも、実に面白かった。
ただ、もっと狭い会場の方が、落語家の細かい表情やしぐさ、息づかいが客にも伝わって、もっといいだろうとは思った。
 
 
 

蒼山日菜さんの本物の切り絵

 
偶然だった。
 
こんな所に、切り絵の美術館があるのか・・・
毛無山に登った後に宿泊した山梨県下部温泉のホテルに置いてあった「富士川・切り絵の森美術館」のチラシを何気なく手に取って、驚いた。
その美術館には、フランス在住の切り絵作家蒼山日菜さんの作品が常設展示されていると書かれてあるではないか(当ブログの2012年7月15日・2011年6月28日参照)。
 
チラシによると、「富士川・切り絵の森美術館」は日本を代表する切り絵作家の作品や世界の切り絵作家による作品を一堂に展示する、全国でも珍しい「切り絵」専門の美術館とのこと。
 
翌朝、早速、美術館を訪れた。
 
客は私たちだけだったせいか、係りのおじさんが、色々説明してくれた。
絵に色を置いていく方法や、カッターで切るよりハサミの方が細い線が出ることなど、初めて知ることばかりで興味深かった。
 
筑紫哲也氏の二女筑紫ゆうなさんの作品は、ともてお洒落でモダン。
光の切り絵作家酒井淳美さんの作品は、1枚の絵なのだが、明るい時と暗い中で光をあてた時とで、全く別の作品が浮かび上がるという、まるで手品のような手法。
 
でも、圧巻は、やはり蒼山さんだった。
その作品は、本当にレースのように繊細で美しく、しかも柔らかい。
いつまでも見ていたい気分だった。
 

 
10月20日から12月10日まで、京都の高台寺では、蒼山さんの個展が開催されている。
京都で再び蒼山さんの作品と出会えるのは嬉しい限りである。
 
 
 
 
 

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