来年4月から、消費税が8%へ引き上げられる。
政府では、低所得者対策として、2015年10月に税率が10%に上がるまでの1年半の間、1人1万円を給付する案が検討されているらしい。
低所得者とは、主に住民税の非課税世帯。
この「1万円」の根拠は、低所得者が食費にかける費用が年間18万円という試算にもとづくものらしい。
年間18万円というと、1日約500円。
今どき、どんなに特売品を買いあさって頑張っても、1日500円の食費は無理な話。
10月から乳製品などが値上がりし、牛乳も1度に10円近く値上がった。
これが現実。
1日500円の食費で、「健康で文化的な最低限度の生活」ができると思ってるのか!
安倍首相は、2012年に総理になった時に、3500円のカツカレー食べたって!
イギリスの首相は、食パン1斤の値段を知らないんだって!
あげくの果てには、国会内の「吉野屋」の牛丼は1200円だって!
こんな政治家たちだから、大企業ばかり優遇する税制を作って、自分たちは1日何千円、何万円もかかる食事をしてるのに、国民には1日500円でやれって平気で言えるんだね。
ブログ マチベンの日々
広島での日弁連人権シンポジュウムに出席したついでに、宮島にある弥山(533M)に登った。
「弥山(みせん)」という名前の山は、奈良県にもあり、その他、全国にいくつかあるようだ。
宮島を訪れるのは、3回目だったが、これまでの2回は厳島神社まで行っただけで、そもそも宮島に「弥山」という山があることすら知らなかった。
弥山には、山頂の直下までロープウェイに乗って行くことができるが、もちろん下から歩いて登った。
登山道は、複数あるが、登山家岩崎元郎の「新・日本百名山」で勧められているコースを登った。
最初は、なだらかな山道だが、途中からは、両脇にシダが生えた山道を歩く。でも、登山道は整備されている。
尾根に出ると、瀬戸内海が一望でき、景色も良い。
山頂直下のロープウェイ駅からは、観光客と合流し、整備された参道を頂上まで更に登る。
山頂は、展望台・休憩所が工事中で、どこが頂上かわからなかった。
でも、天気は快晴で、遠くまで展望できた。
下山は、森林の中の紅葉谷コースを下った。
下山後は、少し遅い昼食。
宮島名物の「あなごめし」を味わった(「ふじたや」で)。
毎回30%を超えるすごい視聴率をたたき出したTBSドラマ「半沢直樹」。
最終回は、関西ではなんと45.5%だったとか。
私も、大阪編の終わり頃から観始めた。
勧善懲悪のストーリーと聞いていたが、刑事告発しないことを昇進の取引材料としたり、
同僚の裏切りなんかもあって、結構、人間臭くて生々しい。
原作を読んでいなかったので、最終回のどんでん返しには驚いた。
ドラマのあの流れからすると、意外な結末で、納得できなかった。
そこで、最終回が終わってから、やおら原作を求めて書店に行った。
原作は、池井戸潤作の「オレたちバブル入行組」と「オレたち花のバブル組」の2冊。
原作を読んでみて、ドラマの流れは、原作にほとんど忠実だったと思った。
ただ、一番大きく異なるところは、ドラマでは、大和田常務への復習劇が大きな柱だったが、原作では、実は、半沢の父親は自殺しておらず、他の地方銀行が融資を行い助けたという設定になっている。
原作は、半沢が銀行という巨大組織の中で、いかに勝ち上がっていくかが中心なんだろうと思う。
また、頭取も「行内融和」を求める人物として描かれ、半沢が大和田の悪事を徹底して暴き立てたことが「行内融和」路線から外れ、「出向」という結末へも自然と流れ、得心した。
原作では、妻花の描き方も異なっていた。
ドラマでは、上戸彩演じる花は良妻賢母だったが、原作では、どこの家庭でもあるような、家庭を顧みない夫半沢にうるさく文句を言う妻で、企業戦士の半沢にとっては家庭も休まる場所ではないというところが現実的だった。
現実の企業社会には、半沢のような労働者はおらず、半沢が労働者のホンネを代弁してくれるから人気があると言われている。
それが日本の企業社会とは何とも悲しいことである。
デビュー35周年を迎えたサザンオールスターズ。
ヒット曲を次々と出し、幅広い世代に人気がある。
サザンの曲は、もちろんいくつかは知っているが、歌謡曲世代の私には、テンポが早く、何を歌っているのか歌詞が聞き取りにくいこともあって、あまり好んで歌ったりしたことがなかった。
メンバー各人のソロ活動期間を経て5年ぶりに新曲「ピースとハイライト」が発表されたと報じられた時も、フ~ンという程度だった。
しばらくして、ネット上で、この曲が、日本と韓国・中国との問題などをテーマに歌っていることを知り、あらためて歌詞を検索してみた。
「教科書は現代史をやる前に時間切れ
そこが一番しりたいのに何でそうなっちゃうの?」
「歴史を照らしあわせて助け合えたらいいじゃない
硬い拳を振り上げても心開かない」
「色んな事情があるけどさ 知ろうよお互いイイところ!!」
「希望の苗を植えていこうよ 地上に愛を育てようよ」
沢田研二が、憲法9条や福島原発の歌を作った時も感激したが、サザンのこのメッセージにも感激した。
ネットでは、「政治色の強い曲は避けるのが賢明」などという意見もあるようだが、人間は社会の中で生きているのだから、その時感じた思いを発信するのは自然なことだし、欧米の音楽には社会的メッセージ性の高い歌も少なくない。
サザンのコンサートのチケットは入手困難なようだが、9月22日のwowwowでコンサートが中継されるようなので、是非、それは観たいと思っている。
これまで台風が来ても、京都(とりわけ市内)は盆地のせいか、あまり風雨もひどくなく、さすが「千年の都」だと思っていた。
ところが、最近の異常気象の中で発生した、昨日の台風18号は違った。
桂川が増水し、市内でも多くの人が避難を強いられ、住宅に冠水した。
鴨川も大増水し、もう少し降り続いたら、あふれていたかもしれない勢いだった。
(遠方にお住まいの何人かの方から「大丈夫だった?」とご心配いただき、有り難うございました。)
昨日は、市外に出かける予定をしていたが、JRも地下鉄も私鉄も高速道路もすべて通行止めとなり、やむなく予定を変更した。
午後からは天気も快晴となったので、ごうごうと音をたてて流れる鴨川縁を、高野橋の北方から御池大橋までRUNしながら、撮影した。
高野橋から少し南に下がった所
府立大学病院の所
御池大橋以南の東岸は、通行止め
三条大橋から撮影。鴨川東岸。
三条大橋から撮影。鴨川西岸。
京都の梨木神社(なしのきじんじゃ)と聞いても、「それってどこの神社?」とあまりピンと来ない人も少なくないだろう。
京都御所の東側に隣接する神社で、1885年創建。
「萩の宮」とも呼ばれ、萩の名所として知られる。
そして、京都三名水の中で今も残る「染井の井戸」が残る神社としても有名だ。
多くの市民がその神社に水を汲みに来る。
その神社の境内にマンションの建設計画が進められていると、9月11日付け京都新聞は1面で報じた。
神社としては、本殿の改修費用を寄進でまかなおうとしたが、集まらず、60年間の期限付きで貸して、その借地料収入で確保すると説明している。
京都の歴史的景観がまた1つ壊れていく・・・・
今年は、梨木神社の萩を見に行こうかしら。
弁護士も一定の経験を積むと、司法修習生の研修を担当することがある。
私も、過去、何人かの修習生の研修を担当したことがあった。
わずか3-4ヶ月事務所で行動を共にするだけなので、強く印象に残っている人とそうでない人がいる。
また、印象に残っていると言っても、その多くは、仕事上の知識や能力なんかではなく、それ以外の人柄や交わした雑談である。
前置きが長くなった。
現在は、東京で弁護士をしているAさん。
サッカー好きな、とてもキュートでチャーミングな女性だった。
今から10年余り前の話である。
彼女が修習中、しきりに「阪急百貨店(当時。今はない)の近くにあるコロナって店のタマゴサンドは絶品ですよ」と言っていたことが妙に記憶に残っていた。
京都に長年住んでいたが、その店のことは知らなかった。
彼女の話では、そのコロナという店は、老夫婦が営んでおり、夜しかやってない店だった。
1度行って食べてみたい!と思ったが、店が遠いことと「夕食にサンドイッチ?」という思いから、ずっと行きそびれていた。
数年前、そのコロナという店がなくなったが、コロナのタマゴサンドは「マドラグ」という喫茶店に受け継がれ、そこに行けば食べられることを知った。
しかも、「マドラグ」は事務所から自転車で行ける距離。
そして数年経った今日、やっと「マドラグ」へ行って来た。
「マドラグ」はレトロな雰囲気の喫茶店。
メニューには、コロナのタマゴサンドもあったが、同じタマゴサンドでもハムが入ったマドラグサンドを注文した(どちらも630円)。
運ばれてきたその量を見てビックリ。
一人では食べきれないほどの量だったが、柔らかな厚い卵焼きがパンからはみ出そうな勢いで、Aさんが「絶品」と言っていたことに得心した。
10年以上前のAさんとの会話を思い出しながら、少しゆっくりしたランチの時間を過ごした。
2020年開催の夏季オリンピックの開催地が、9月8日午前5時頃には決まるらしい。
マスコミは、秒読み段階に入ったとして盛り上がっているが、私自身としては、今、オリンピックを日本で開催することには大きな違和感を感じる。
政府には、オリンピック招致にあたり福島原発問題は障害となるというホンネがあり、これまであまり表に出して来なかったようだが、深刻な汚染水問題もあり、ここに来て、海外のメデイアからの鋭い追及を受け、「東京は福島から遠い」「影響はない」「安全だ」を声高に叫ばなければならない状況に追い込まれてきた。
原発問題の解決の見通しがつかない中で、本当に世界の人々を歓迎することができるのだろうか。
ハコモノを作るために莫大な金をかけるなら、もっと被災地の復興に力を注ぐべきではないだろうか。
日本のメディアももっとその辺を追及してほしい。
そんな思いで一杯である。
8月19日から21日まで、蓮華温泉から朝日岳(2417M)、白馬岳(2932M)を経て、再び蓮華温泉へ戻るというコースを歩いてきた。
天空の宿「蓮華温泉」は、1991年と昨年に続く3回目(2012年10月9日ブログ参照)。
今回も水着持参で、登山前日、野趣あふれる野天風呂につかった。
1991年の時は、白馬岳から朝日岳を経て蓮華温泉へ戻ったが、今回はその逆コースをたどる。
昨年のブログにも書いたが、1991年の時、朝日岳からの下山で、カモシカ坂という急坂を下り、沢からまた蓮華温泉まで登り返すという行程でヘトヘトとなった。
今回、沢まではマアマア順調。
でも、その後のカモシカ坂はやはり大変だった。
飯豊山から帰ってからの約2週間、休日も京都の猛暑に負け、ジムへも行かず、ダラダラと仕事の書面書きに追われ、体力が低下していた。
その上、快晴下の暑さも加わって、あえぎながらカモシカ坂を登った地点(この日の行程の半分程の地点)でヘトヘトとなり、草むらに倒れ込んだ。
近くに水場を見つけ、大量の冷たい沢水をガブ飲みし、やっと息を吹き返した。
その後の五輪高原や八兵衛平には、お盆も過ぎたというのに、まだ夏の花が咲乱れており、カモシカ坂の疲れも忘れ、登ることができた。
そして花の山とも呼ばれる朝日岳の山頂に近づくにつれ、ますます花は増えていった。
朝日岳は2000M級の山としては、北アルプスの最北に位置する。
白馬岳は、あまりにも有名で多くの人が登るが、その北方の朝日岳まで足をのばす登山者は少なく、その意味で、静かで自然が守られている山と言える。
残念ながら、山頂では、周囲の山々にガスがかかり、展望はなかった。
その日の小屋は、朝日小屋。
清水ゆかりさんという女性のオーナー。
小屋の至る所に気配りが感じられ、食事もおいしく、快適であった。
ずっと晴天続きのつもりでやって来たが、なんと、翌日からは雨。
前線が急に下りてきたとのこと。
翌日、風雨の中を白馬山荘まで行き、翌々日、小雨の中を蓮華温泉まで戻った。
今夏は、天候には恵まれないが、朝日岳の花を思う存分楽しめたことで「良し」としよう。
ヨーグルトが大好きで、毎日、食べている。
プレーンのものを買って来て、果物やジャムをトッピングして食べるのが好き。
最近の私のお気に入りのジャムは、京都紀翔(きしょう)の野菜ジャム。
京野菜を使ったジャムで、賀茂トマト、賀茂なす、金時人参、丹波栗などなど、種類も豊富で、買うときは迷ってしまう。
1瓶315円で少量のところもいい。
昨日(8月15日)付け京都新聞の朝刊に、京都紀翔の新しいジャム「青桃」のことが記事として掲載されていた。
「城陽市・青谷地域のモモ栽培では、1つの実を大きくするため周辺の実を間引く作業を夏の収穫までに3回行う。農家から間引きで廃棄するモモを譲り受け、5月に『青桃』と名付けたジャムを作った」
社長の小林さんは「野菜や果物の無駄をなく生かし、捨てる作物を買い取るなど農家の人にも利点がある仕組みを考えたい」と話している。
毎回3瓶ずつ購入するが、先日買った中に、この「青桃」も偶然入っていた。
まだ食べていないが、楽しみ!
8月8日、厚生労働省は、9月を「過重労働監督月間」に指定し、労働者を酷使して使い捨てにする、いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる法令違反の疑いのある約4000社への立ち入り調査を予定しています(本日付け朝刊各紙)。
重大・悪質な違反が確認された企業は、送検し、会社名の公表も行うとのこと。
また、ブラック企業の実態を把握するため、9月1日には全国一斉の無料電話相談(午前9時~午後5時)も実施が予定されています(フリーダイヤル0120・794・713)。
折しも、7月31日、ブラック企業の被害者を支援しようと、全国各地の弁護士が参加する「ブラック企業被害対策弁護団」も結成されました。
そんな折り、こんなブログを見つけました。「あなたもブラック消費者になっていませんか?」
超安い衣類を売っている店で服を買ったり、超安い居酒屋で飲食したりしていませんか?(どこの会社かわかりますね)
私たちが、ブラック企業に対し、消費者としてできることは、ブラック企業の商品がたとえ安くても、買わないこと、利用しないこと。
次々と物が値上がりし、生活は楽ではありませんが、安い商品の裏側にある労働実態をよく見て、賢い消費者になりたいと思います。
昨日の京都新聞夕刊1面は、「ロバのパン 愛され60年」という記事だった。
♪ロバのおじさんチンカラリン~♪というあの懐かしいメロディーの「ロバのパン」は、私にとっては昭和の風景の1つ。
子どもの頃、あのメロディーを鳴らしながら、ロバか馬かが馬車を引いてパンを売りに来ていた。
その発祥が、京都だったということは全く知らなかった。
創業者が馬車を使った移動販売を始めたのが1953年夏。
昭和30年代には一世を風靡したが、ピーク時には約160店あったチェーン店は、現在、岐阜市、三重県四日市市、高知市、徳島県阿波市の4店だけだとか。
京都に住み始めてからは、あまりお目にかかった記憶はないが、現在は、京都市の北白川や太秦あたりで車での移動販売が行われているらしい。
味も昔のままだろうか。
どこかで出会いたい。
今回、実家の不動産を売買するにあたっては、建物を解体して更地の状態で売ることにした。
土地の名義については、顧問をしてもらっている司法書士に依頼し、亡父から私の名義に変更してもらった。
建物の名義については、私の名義に変更しなくても、解体後、亡父名義のままで滅失登記できますよと司法書士からアドバイスを受け、しかも「手続きは簡単ですよ」と言われたので、自分で申請してみることにした。
まず、インターネットで、建物滅失登記手続きにどのような書類が必要で、どのような申請書類を作成すれば良いか調べてみた。
今は、ネットでかなり細かく説明されているので、よく理解できた。
解体業者の法人登記も必要かと思い、法務局に電話をして尋ねたところ、管轄内だから不要と教えてもらった。
解体業者から届いた解体証明書と相続を証明する書類などを共に同封して、申請書を法務局に郵送した。
売買の最終決済日が迫っており、もし申請について何か間違えていると、決済日に間に合わなくなり変更してもらうことになるので、本当にドキドキだった。
決済日の数日前に、法務局から、書類を返送するのに私が同封した切手が40円足りないとの電話が入り、登記が無事完了したことを知った。
やはり専門以外のことを自分でするのは、時間に限りがある場合には、本当に不安になるものだ。
でも、今回、自分で滅失登記申請をしてみて、ドキドキだったが、また1つ勉強になった。
7月30日、ついに日本百名山を完登!
百座目は、山形・新潟・福島県の3県にまたがる山、飯豊山(いいでさん)2105.1M。
梅雨明けを想定して計画を立てたが、予想に反し、東北は梅雨明けせず。
よって、雨の中の山行きとなった。
京都の山仲間3人と神奈川のN弁護士を入れて総勢5人。
飯豊山は、飯豊連峰という山々の中の1つで、登山口はいくつかあるが、どこから入っても、稜線に出るまでかなりの標高差があり、しかも急登である。
7月29日、山形県側の梶川尾根(標高差約1600M)を登った。
登山口からすぐに急登が始まり、両手で木の根をつかみながら登らなければならないほどの登りだった。幸い(?)、今にも雨が降りそうな曇り空であったため、温度がさほど高くなく、なんとかへたばらず、稜線まで出ることができた。
稜線に出る少し前から雨が降り出した。
その日は、梅花皮(かいらぎ)小屋泊。
東北の山小屋は、管理人はいても自炊しなければならない小屋がほとんどだ。
梅花皮小屋は、まだ新しく綺麗で大きな小屋だった。
長く続く雨のため、シーズンになっても登山客はほとんどないらしく、管理人さんから「こんな日によく登って来たね」と労われた。
午後2時前に到着したため、小屋の2階を私たちのグループだけで占領し、宴会で盛り上がった。
7月30日、朝から雨。
晴れていれば素晴らしい稜線歩きのはずで、しかも今日が百名山達成の日なのに、雨のため視界もなく、テンションは上がらず。
雪渓もかなり残っており、雪渓ではストックをつきながら怖々慎重に歩く。
でも飯豊山に登り始める頃、雨が徐々に止んできた。
12時半、飯豊山頂上に到着。
視界はないが、雨が止んだため、お祝いの旗をもらって皆で記念撮影し、万歳をする。
その後、山頂近くの本山(ほんざん)小屋へ。
小屋の管理人のおじさんに「百名山達成した」と言うと、おじさんは、飯豊山の記念バッジをくれ、「缶ビールが本当は1000円なんやけど、今日はお祝いに800円にしとくわ」と言った。
それで、またまた宴会。
7月31日、下山日。
当初の予定では、川入登山口に下りる予定であったが、土砂崩れのため道路の通行が不可となり、弥平四郎登山口へ変更していた。
標高差約1400Mを一気に下る。
最後の下りが長く急で、しかも雨に濡れて滑りやすくなっており、足がヘロヘロになった。
雨の中の飯豊連峰登山は、苦行だった。
山仲間が同行してくれたから、なんとか達成できたと思う。
飯豊連峰は、本当に奥深い厳しい山だと実感した。
いつか晴れた日にもう1度登るだろうか・・・・・???
母が亡くなって10年余りになる。
以来、実家は空き家のままにしていたが、実家売却の話が昨年暮れ頃に急に持ち上がった。
現在、不動産の値は「底」と言われており、実際調べてみると、不動産価格は、驚くほど安かった。
でも今後、値が上がる見通しもなく、また、庭の草取りなど管理のために帰省することにもだいぶ疲れてきたので、思い切って売却することにした。
大変だったのが、遺品の整理だった。
亡くなった直後に、親戚や親しい方にいくつか形見分けをしたが、あとは手つかずのままの状態。
最近は、遺品整理業という商売もあるので、そういう所に頼めば、簡単だ。
でも、母が最後まで大切にしていた物がすべてゴミとして処分されてしまうことに少し抵抗があった。
誰もいないカビ臭い実家に数回泊まり、持ち帰る物、再利用できる物、そしてゴミ、と仕分けしながら一人で片づけた。
たくさんの遺品を前に、どうしようか途方に暮れ、正直、心が折れた。
母は何でもとっておく人で、私の子どもの頃の通知票や教科書、おもちゃなどだけでなく、母自身の通知票なども残されていた。
再利用できそうな物は、ゴミにしたくなかったので、どうしようかと考え、思い切って、実家の近くにある地域病院の友の会にバザーにでも利用してもらえないかと連絡してみた。
すぐに引き受けるとの返事がもらえ、古い品物ばかりであったが、小物だけでなく応接セットや食卓などの家財道具まで「使わせてもらいます」と持って帰っていただいたことはすごく嬉しかった。
日本人形や羽子板などは、京都に持って帰り、外人の観光客用にと近所の古道具屋さんに持って行った。
あと、古い着物、レコード、骨董品が私の自宅に積まれている。
お金にならなくても、せめてゴミにはしたくないと思い、その引取先を探している。
つらかったのは、母の洋服がたくさん残っていたこと。
母は洋裁が出来たので、縫製のしっかりした洋服がたくさん残っていた。
しかし、洋服だけは、流行や体型や好みがあり、処分が難しく、これらはすべて泣く泣くゴミにした。
6月末で整理を終えた。
残った物は、解体業者さんのルートに任せた。
とても疲れたが、なんとなく自分一人でやれたという満足感があった。
私は母ほど物を持っていないが、これから自分が死ぬまでの間に、もっともっと物を整理し減らそうと思った。
元依頼者のHさんと一緒に、吉田屋料理店へご飯を食べに行って来た。
吉田屋料理店は、私が前に所属していた京都法律事務所が入っているビル(御幸町ビル)の北側の路地奥にある料理屋さん。
京都法律に在籍していた頃、修習生が事務所訪問に来た時、何度か修習生を伴って行ったことがあった。
民家を改装した隠れ家的料理店で、実は、知る人ぞ知る、有名な店のようだ。
先月、京都に遊びに来た幼なじみのshocoさんたちも、友人に紹介され、ここで夕食を食べたと言っていた。
料理は、無国籍料理。
トマトとモッツァレラチーズのサラダ、ハモのフリッターの生春巻き、韓国風トルティージャ、鶉の肉を焼いたもの、くみあげゆば、そして締めは、看板メニューのミョウガご飯。
どれもおいしく満足した。
オーナーの吉田裕子(ひろこ)さんと初めて少しだけ話をした。
40代かな?
京都出身のようで、京都の地下水の話など、なかなか京都通だと思われた。
彫金もされているとのことで、デザートスプーンは自分で作成されたものだとか。
店で出されているメニューも紹介されている本が出版されているよう。
女子会など皆でワイワイと食べて飲んだりするのが似合う隠れ家的店である。
参議院選挙戦ももう終盤に入っている。
そんな中、自民党は圧勝を予想してか、次々と「ホンネ」発言が飛び出し、このまま大勝したら、日本はどうなっちゃうんだろうかと、猛暑なのに、寒~い思いがする。
まず、安倍さん。
参議院選挙が終わるまで憲法9条改正は「封印」していると思っていたら、「首相、9条改正を明言」との見出し(7月16日付け産経新聞)。
長崎国際テレビ番組のインタビューで「われわれは、9条を改正し、その(自衛隊)存在と役割を明記していく。これがむしろ正しい姿だろう」と、9条改正の必要性を明言した。
そして、もっと恐ろしいのは石破さん。
7月16日付け東京新聞。
自民党は、同党の改憲草案で、憲法9条を変更して自衛隊を「国防軍」にすることを掲げ、それに伴い、「審判所」という軍法会議の設置を盛り込んでいる。
石破さんは、自衛隊の隊員が上官の命令に従わない場合について、こう語った。
「『これは国家の独立の為だ、出動せよ』と言われた時に、いや行くと死ぬかもしれないし、行きたくないという人がいないという保証はどこにもない。だから国防軍になったらそれに従えと、それに従わなければ、その国にある最高刑がある国なら死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役300年なら懲役300年。そんな目に逢うなら出動しようかと。人を信じないのか、と言われるけど、やっぱり人間性の本質から目を背けちゃいけない」
戦争に行きたくないと言って拒否する人に対し、こうした重罰を課すために「審判所」は必要だとする。
国防軍になれば、徴兵制になるから、誰もが対象となる。
日本を戦争する国にして、海外の人の命を奪い、しかも日本国内においても、人権が守られず、恐怖政治が始まる。
マスコミは、もっと批判してほしい。
そして皆さん、こんなことを狙っている「自民党」で本当にいいんですか?
これまで日本でただ一人の自衛隊員も死んでいないのは、今の憲法9条で守られているからなんです。
憲法9条は日本の宝です。
2013年5月23日、80歳の三浦雄一郎さんが最高齢でのエベレスト登頂を達成したということで、日本中が歓喜に沸いた。
それと時を同じくして、東京在住の河野千鶴子さん(66歳)がヒマラヤのダウラギリ(8167M)で遭難したというニュースが流れた。
当初のニュースは雪崩にあったという報道だったが、実は、7700M地点での疲労凍死だったと言われているが、真相が不明だ。
三浦さんは、エキスパートのガイドやシェルパを伴って莫大な金を費やしての登頂だったが、河野さんの登頂は、シェルパ2人を伴った単独行きであった。
河野さんのことは、三浦さんのエベレスト最高齢登頂成功の陰に隠れて、あまり報道されていなかったが、昨夜のNHK「クローズアップ現代」で取り上げられ、その人となりの一端を知ることができた。
河野さんは、20代の普通の山歩きから主婦業などを経て50歳で登山を再開し、その後、またたくまに世界7大陸最高峰と8000M級の山5座を次々と制覇した登山家だった。
そして彼女が残した記録から、河野さんが「女」として苦悩し、それを解放してくれたのが「山」だったことを昨夜の「クローズアップ現代」を観て知った。
同年代の多くの日本人女性がそうであったように、河野さんは、長い間、働きながら家事・育児を負担し、しかし「河野さんの奥さん」「○○ちゃんのおかあさん」と没個性で扱われてきたことに、「女」としてずっと苦悩してきた。
それが50歳になって山登りを再開したことで、山には男女の線引きがないことを実感し、どんどんはまっていった。
「一歩一歩、頂上へ押し上げてくれる。私にも無限の可能性があることを教えれくれる。」
河野さんの喜びがあふれた言葉だ。
河野さんが山への単独行きを始めたのは、「女性には体力がないから無理」と言われたことがきっかけだった。
またしても、「女性」という線引きが現れた。
同じ山に登る者として、この言い方は、おかしいと思う。
「女性には体力がないから無理」ではなく、男でも女でも、一人ひとり、経験や年齢などによっても体力が異なるから、それに合わせて登山をすることが求められるということだ。
そこに「男」「女」の区別はないはず。
しかし河野さんは、この言葉をきっかけとして、単独行きを中心とした登山に変わって行ったようだ。
企業やマスコミをバックに冒険家として名をはせる三浦さん。
他方、一人で自分の可能性に挑戦し、それが喜びだった河野さん。
河野さんの人生は、決して華々しいものではなかったが、山でその無限の可能性を開花させて最高に輝いていたんだなと思った。
昨夜午後10時から日本テレビ系列で始まった、満島ひかり主演のドラマ「Woman」。
午後10時10分頃、何の気無しにチャンネルを変えたら、このドラマをやっていて、すぐに引き込まれてしまった。
現在、全国で100万人を超えるシングルマザーがいるが、彼女たちの年収は平均200万円余り。
小春(満島ひかり)は、夫(小栗旬)を不慮の事故で亡くしてシングルマザーとなり、2児を抱えて必死で働いている。
金がなくなり、福祉事務所に生活保護の申請に行くが、福祉事務所が20年前に男の元に走った母(田中裕子)に勝手に連絡を取り、母が「援助する」という回答をしたため、生活保護も受けられない。
小春は母の所へ「回答を取り下げろ」と赴く・・・・
私にも、シングルマザーの依頼者が何人かいるが、2人の子どもを抱え、必死で働く小春の姿は現実の女性たちの姿と重なる。
小春の同僚女性の、「子どもが起きないよう睡眠薬を混ぜて眠らせて夜働く」というセリフは衝撃的だった。
また、現在、生活保護で問題となっている、「親族への問い合わせ」もリアルだ。
全国のシングルマザーたちを励ますようなドラマになることを期待している。
(おまけ)
・満島ひかりの演技はとても光っていたが、子役二人もすごい!
・福祉事務所の職員を演じるのは、三浦貴大。三浦友和と百恵ちゃんの次男だ。