1. ブログ マチベンの日々

ブログ マチベンの日々

AKB48はゲーミフィケーション

 
NHKで「総選挙」がニュースとして取り上げられるほど社会現象化しているAKB48。
 
昔は、ミリオンセラーのヒット曲であれば、誰もが歌手の名前を知っており、歌を口ずさむことができた。
でも、AKBの場合、100万枚以上売れている曲が何曲もあると言われても、その曲名を正確に言え、歌をフルコーラス歌える人はどれほどいるだろう。
元ミーハーの私でさえ、顔と名前が一致する子は、今のところ5人しかいない。
 
総選挙のしくみもあまり知らなかったが、最近、朝日新聞や雑誌AERAで、「AKBはゲーミフィケーション」という記事を読んで、なるほどと納得した。
ゲーミフィケーションとは、ゲーム的な仕掛けをゲーム以外にも活用するという意味。
 
私が最初にAKBを知った時、総選挙で勝ち抜いてセンターになった子も含め、「普通っぽい、どこにでもいそうな感じの子やなあ」と感じた。
AERAによると、AKBはクラスの中の10番目位の綺麗な子が選ばれ、ファンがそれを育て上げていくゲームだそうで、得心した。
1枚1600円のCDを買って投票権を得て、それによる投票結果によって、候補者237人から次のシングル曲に出られるメンバーやセンター(立ち位置)などが決まる。
まるで、以前流行ったゲーム「たまごっち」のよう・・・・(やったことはないが)
 
でも、総選挙の投票権を得るためは、対象のCD(1600円)を買わなければならないシステム。
お気に入りの子を上位にするため、一人で数十万円を費やしてCDを何百枚も買うファンもいるとのこと。
これもやったことがないが、ソーシャルゲーム「コンプガチャ」と似ている。
無料で始められるが、ある時点からお金を出せば、より強いアイテムなどが手に入るため、子どもや若者らがスマートフォンなどで何十万円も使ってしまうということで社会問題化した。
 
ギャンブルや浪費で破産する人もいるが、AKBにはまり過ぎて破産、というような若者が出てこないことを願うばかりである。

片泊まりの宿「庵」

 
昨日、幼なじみのshocoさんが京都へ来たので、またまた女子会。
 
今回は、shocoさんとその友達3人が片泊まりの宿「庵」(いおり)に泊まるとのことだったので、私は夕食に合流すべく「庵」にお邪魔した。
 
「片泊まりの宿」というのは、1泊朝食付きの宿のことを言い、京都では町屋を改装した宿が多い。
「庵」のホームページを見ると、京都に何カ所かある町屋に泊まることができ、定員2~14名の1棟貸しなので、他の客の気を使うこともない。
「片泊まりの宿」は初めてだったので、興味津々。
 
昨日の宿は、「富小路高辻下る」にあったが、表札が出ているわけでもなく、初めは通り過ぎてしまった。
内部は綺麗に改装されていたが、町屋らしく中庭もあり、中庭を眺めながら入浴できるようになっていた。
 
配達してもらった仕出し料理で女子会。
とてもリラックスして、話に花が咲いた。

満開のミヤマキリシマ~大船山・平治岳縦走~

 
先週、ミヤマキリシマの花に会いたくて、大分の山(大船山と平治岳)に登った。
 
この山では、毎年6月になると、ミヤマキリシマの花で山が染まる。
ただ、花の開花状況は微妙に毎年異なるのと、ちょうど梅雨の時期なので天候不順な日が多く、遠方から行く場合には、運・不運が左右する。
 
今回は、長者原(ちょうじゃばる)から坊ガツルを通って、大船山(1786M。たいせんざん)、平治岳(1643M。ひいじだけ)と縦走し、また坊ガツルから長者原に戻るコースを歩いた。
約8時間。
なお、「坊ガツル」というのは、芹洋子が歌う「坊ガツル賛歌」の「坊ガツル」である。
幸い、天気は曇り。
 
長者原から登山道を登っていき、坊ガツルを展望できる場所まで登ると、2つの山が本当に濃いピンクの絨毯に覆われているように染まっているのが見えた。ワクワク
 
まず、大船山へ。
段原という尾根に出る手前から傾斜がきつくなるが、登山道脇に少しずつミヤマキリシマが増えていき、段原に着くと、そこは、満開のミヤマキリシマに覆われていた。
大船山山頂へピストンし、大戸越(うとんごし)へ下る。
目の前の平治岳の斜面全体がミヤマキリシマでピンク一色。
大戸越からはミヤマキリシマの間の急な登山道をひたすら登る。
ここからは、混雑を避けるため、上りと下りと登山道が区分されていた。
 
平治岳の頂上付近は、更に別天地。
「すばらしい!」の一言・・・・
残念ながら、平治岳頂上で雨が降り出し、あまりゆっくりできず下山を余儀なくされたが、念願のミヤマキリシマを十分堪能できた登山だった。

 
 
 
 
 

医師原田正純さんの死を悼む

 
今朝の朝刊とNHKニュースで、原田正純先生が6月11日亡くなられたことを知った。
 
原田先生は、熊本大学大学院時代に水俣病と出会い、一貫して患者の立場から研究を続けてきた医師である。2011年2月には、地球環境保全に貢献する人をたたえる「KYOTO地球環境の殿堂」を受賞された。
 
原田先生と言えば「水俣病」であるが、実は他の職業性中毒の研究もされている。
 
私は、1987年3月、宇治ユニチカ工場で働く労働者が二流化炭素中毒に罹患したのは使用者に責任があるとして、企業ユニチカに損害賠償を求めた裁判の弁護団の一員として加わった。
その裁判で、熊本の興人八代工場で起こった二流化炭素中毒に関わってこられた原田先生に労働者側証人としての証言をお願いし、私がその尋問担当者となったため、打ち合わせに熊本のご自宅に伺ったことがあった。
ちっとも偉ぶらない優しいお医者さん。
しかし、その証言となると、とても説得力があり、企業側弁護士の反対尋問もことごとく論破し、訴訟に大きく貢献していただいた。
 
原田先生は、2011年5月25日付け朝日新聞で、原発のことについても「水俣病では、政府も産業界も学者も、安全性の考え方を誤った」「50年たっても教訓は生かされていない」などと鋭く国や産業界、学会の姿勢を批判されていた。
 
大飯原発が再稼働されそうな今、本当に心残りだっただろう。
原田先生の遺志を継ぐのは私たち。
ご冥福をお祈りします。
 
 

ミディ・アプレミディのフロール

 
京都のスイーツ店「ミディ・アプレミディ」の「フロール」というロールケーキの存在を知ったのは、もう10年以上前になると思う。
 
たまたまインターネットで知ったのだが、「フロール」だけは店舗販売がなく通販限定で1本3000円弱、しかも注文して数ヶ月待たないと手に入らないほど人気があることがわかった。
唯一、銀閣寺近くの喫茶店「ゴスペル」で曜日と数量限定でカットされたフロールを食べられることがわかり、その後数年経って、スイーツ好きの同僚弁護士2人と共にゴスペルに行き、やっと念願の「フロール」に出会い、評判どおりの美味しさに感激した。
 
さて、当時四条通りより更に南方にあったミディ・アプレミディの店舗が、数年前に三条東洞院に移転し、しかも昨年11月からは、その店舗の喫茶でフロールが食べられるとホームページでアナウンスされていた。
やはり店舗販売はされていない。
もう1度食べたい!
 
店の前を通るたびに中をのぞき込んだりしたが、一人で入るのはなんとなく気後れしていたところ、昨日、元依頼者のKさんとランチする機会があり、ランチ後二人でミディ・アプレミディの喫茶に行ってみた。
 
喫茶は、フロールかタルトのどちらかとドリンクのセットメニュー。
値段は、セットで1200円とお高めだが、「フロール」は甘さを抑えた生クリームとしっかりしたカステラ生地が絶妙だった。
ピンクブルボンというコーヒーとも合っていた。
 
ささやかな夢が叶った。
 
 

97歳の現役報道写真家 笹本恒子さん

 
6月3日(日)のテレビ番組「ソロモン流」で取り上げられたのは、97歳の現役報道写真家笹本恒子さん。
 
以前、書店で、笹本さんの本「好奇心ガール いま97歳」(小学館)が偶然目に止まり、この本を読んで初めて笹本さんのことを知った。
以来、一度どこかで講演を聴く機会はないものかと思っていたところ、今回のテレビ放映があった。
 
笹本さんは、1914(大正3年)生まれの97歳。
26歳で日本初の女性報道カメラマンとなり、写真家としての仕事を続けてこられたが、一時期、写真の仕事を離れたことがあった。
そして71歳で再び写真家として世に出ることになった。
 
テレビで観る笹本さんは、とても97歳とは思えない、姿勢の良さや声のハリ。
そして、おしゃれで、チャーミング。
老人ホームに入るのはやめて、東京山の手のマンションをリフォームして一人で暮らし、毎日ラジオ体操や英語の勉強を欠かさず、食事も3食、自分で作る。
 
笹本さんは言う。
「学ぶのにも、仕事をするのにも、年齢は関係ありません」
「もう、いくつだわ、なんて考えたらおしまいです」
「心は年をとってないから、年中、あれをしよう、これをしようと頭の中はいっぱいで」
 
なんて魅力的な女性なんでしょう。
 
 

金星の太陽面通過、見えましたか?

 
5月23日付けブログでご紹介した「金星の太陽面」通過。
今日6月6日がその日です。
 
地球から見て金星が太陽を通過するのが見られる現象で、これは金環日食より珍しいそうです。
今日の京都は朝から晴れ。
洗濯物を干しながら日食メガネで見てみました。
 
何か小さなホクロのような点があるような、ないような・・・・・
見えたつもり。
 
午後2時頃までの天体ショーなので、また何回か見てみよう。

 
6月3日(日)午前中、京都一周東山コースの最後のルート、銀閣寺から比叡山まで歩いた。
比叡山に登る時は、これまでは雲母(きらら)坂から一気に急坂を登ったが、今日は初めて京都一周トレイルどおり歩いてみることに。
 
銀閣寺道の交差点から住宅街を通り、バプテスト病院の横から山道を登って行く。
瓜生山(301m)までは、だらだらした坂道。
瓜生山を越えると、ほぼ平行移動の尾根歩きとなる。道はよく整備されていて快適だが、木々に隠れて眺望はない。
トレランの男性が何人も走って追い抜いて行く。こんな山道を走れるなんて私には信じられない。
石鳥居からややアップダウンの道となり、雲母坂からの登山道と合流すると、急坂をひたすら登る。
 
急坂を頑張って登りきると、比叡山のケーブル駅(690m)に到着。
京都一周トレイル東山コースのゴールとなる。
 
京都一周トレイル東山コース、なかなか面白かった。
 
※京都一周トレイル東山コースの1回目は2012年4月23日付けブログを、2回目は5月13日付けブログをご覧ください。
 
 
 

郡上踊り in  京都

 
6月2日土曜の朝、たまたま京都市役所前広場を通ったところ、岐阜の物産展の準備中だった。
 
そう言えば、広場で郡上踊りの催しがあるというチラシを見たなあと思い出し、早速、ネットで検索して調べてみた。
毎年7~9月に岐阜県郡上で行われる「郡上踊り」のPRのため、京都岐阜県人会が市役所前で郡上踊りを踊る催しを開いており、今年で5回目になるという。
踊りは、午後4時から。
行ってみることにした。
 
小学生の頃、毎年夏に町内で開かれる盆踊り大会には必ず出かけていた。
2歳年上の「えり子ちゃん」という女の子が大人のようにとても上手に踊るので、いつもその後について踊っていた。
 
「郡上踊り」は何種類もあるらしいが、岐阜の町内で開かれる盆踊りでは、郡上踊り以外に炭坑節などの曲も踊るので、岐阜出身だからと言ってすべての種類の郡上踊りを知っているわけではない。
 
午後4時に行くと、浴衣姿の人が多数広場に来ており、まもなく「郡上踊り」の本番が始まった。
結構な人数の参加者でビックリした。
もちろん、すぐに輪の中に入って踊った。
私は、「郡上踊り」の中で「かわさき」と「春駒」しか知らなかったが、他の曲も振り付けが簡単なので見よう見まねで踊るうちに、すぐに踊れるようになった。
 
最初は1時間位で帰ろうと思っていたが、踊るうちに面白くなって、結局、午後6時の終了時間まで踊った。
久しぶりの盆踊りで楽しかった。
 
来年は、浴衣を着て参加するかな。
 
 

ダンス規制やめて!京都で署名始まる

 
2012年5月18日付けブログ「クラブじゃ、踊れない!?」の続き。
 
クラブでのダンスを規制する風俗営業法の改正を求める署名活動が、5月29日、いよいよ京都から始まった。
呼びかけ人は、坂本龍一さん、大友良英さんなど。京都の弁護士中村和雄さんも名前を連ねている。
全国10万人の署名を目標として、法改正につなげたいとしている。
 
ダンスは、今や、単なる娯楽にとどまらず、カルチャーでもあり、スポーツでもある。
ダンスを踊るように、楽しく署名活動ができるといいね。
 
署名用紙は、ホームページからダウンロードできる。
http://www.letsdance.jp/
 
 

えん罪と裁判員制度を考える市民のつどい

 
27日(日)は、「えん罪と裁判員制度を考える市民のつどい」に参加。
 
裁判員制度が始まって今年5月で3年が経過した。
新聞紙上では裁判員からのアンケートや声などが紹介されている。
市民が刑事裁判に参加することによって、司法は変わったか。
 
メインゲストは、映画「それでもボクはやってない」「Shall we ダンス?」の周防正行監督と、えん罪「布川事件」の元被告人桜井昌司さん。
コーディネーターのインタビュー形式で進行。わかりやすかく、内容も良かった。
 
周防監督は、時々テレビで見かけるが、静かできちんとした話し方。
監督は、市民には「本当に人を裁けるだろうか」という恐れがあるが、だからこそ、より証拠をきちんと調べて判断したいという思いが強いと評価された。
また、そのような市民が市民感覚によって発言することによって、裁判所という組織の中で仕事をする裁判官の意識も変えていくことができる。
だから、わからないことがあれば、どんどん裁判官に質問すればいいし、それが日本の刑事裁判を変えることにもつながると強調された。
そして、えん罪を作らないという意味でも、そしてすべての証拠を見て判断したいという市民の願いに答えるという意味でも、すべての証拠を開示されるのが当然とされた。
 
つどいの参加者は約160名で、やや空席が目立った。
宣伝不足か、関心の低さか・・・・
内容が良かっただけに、もっと多くの市民に参加してほしかった。

竜ヶ岳に「羊」はいなかった・・・

 
5月26日(土曜)、京都弁護士会主催の春のレクリエーションで、竜ヶ岳に登った。
 
竜ヶ岳は、三重県いなべ市と滋賀県東近江市の境にある山で、標高は1099M。
私は、今回が3回目。
 
竜ヶ岳は、毎年5月になると、山頂付近に、シロヤシオという花が咲くのだが、それが満開に咲くと、まるで「羊」の群れのように見える。
2009年に登った時は、山頂にはたくさんの「羊」が群れていて、それは見事な景色だった。今年はどうだろう。
 
26日は晴れて、絶好の登山日和。
三重県側の宇賀渓駐車場に車を停める。
責任者のA弁護士が「昨日、雨が降ったから、ヒルが出るかもしれない」と脅すので、念のためヒルよけスプレー「ヒル下がりのジョニー」を靴にかける。
 
「裏道登山道」を登る。
ずっと、うっそうとした崖縁の登山道を登っていく。幸いヒルはいない。
山頂に近づくと、開けて笹原となる。
やがて笹原の中にシロヤシオの木々が見えるようになるが、白い花はどこにも見えない!
もう咲き終わったのだろうか。それとも今年は、はずれ年だったんだろうか。
残念ながら、今年は青々とした葉をつけるシロヤシオしか見ることができなかった。
それでも広々とした山頂からは、展望を楽しむことができた。
 
下山は、長尾滝方面へ。
そして永源寺温泉「八風の湯」に寄って汗を流し、帰路についた。

日食メガネを捨てないで

 
5月21日早朝の金環日食。
天気が心配だっだけど、皆さんは天体ショーを楽しむことができましたか?
日食メガネを通して見ると、リングはオレンジ色でしたね。
そして皆既日食と異なり、あまり辺りが暗くならなかったことにも驚きました。
 
ところで、あまり大々的には報道されていませんが、6月6日にも別の天体ショーがあるんです。
それは「金星の太陽面通過」。
 
これは、地球から見て金星が太陽の前を横切る現象で、金環日食よりも珍しい現象だそうです。
金星の見かけの大きさは太陽の32分の1で、太陽面を小さなホクロのような金星の影がゆっくり移動するとのことです。
午前7時すぎから午後2時前にかけて、日本全域で見られます。
 
宇宙への興味が広がります。
 

映画「津波そして桜」

 
第84回アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門ノミネート作品。
イギリス人女性のルーシー・ウォーカー監督が、東日本大震災の被災者たちが復興に向けて歩み始めた姿を、日本文化の象徴とも言える桜の花とともに綴った39分間の短編映画である(制作はアメリカ)。
 
日本では映画館での上映はまだ実現していないが、今日午前0時からNHKBS1で初めて放映された。
いつもは、だいたい午後11時台には寝てしまうが、頑張って午前0時まで起きていて、この映画を観た。
 
監督が東日本大震災の約1ヶ月後、被災地に入り、直後の人々の心の内を丹念に取材して作り上げた作品。
日本人である私たちは、テレビで何度も繰り返し観た、まるで地獄のような津波。
その後、津波にさらされても花を咲かせた桜、そしてその桜が癒しに、励ましに、更に生きる力となったという東北の人々の想い・・・・・
 
桜は一輪一輪は小さいが、固まって満開の花となる。
それは、日本の復興のシンボルのように思える。
震災から1年余が経過し、2度目の春も過ぎようとしている。
「震災を忘れない」
この映画を観て、あらためて強く思った。
 
 
 
 

「食堂とん」へ行ってみた

 
1週間のうち月曜日だけオープンするという変な(?)食堂が、今年の1月、裁判所の近く(寺町竹屋町上る)にできた(なお、月曜以外は、弁当が販売されている)。
それが「食堂とん」。
 
インターネット情報によると、裁判所の南西側にある「プチレストランないとう」がレストランの休みの日である月曜日だけやっているらしい。
 
ネット上で話題になっていたので、昨日、初めて行ってみた。
 
メニューは、豚肉中心で、豚丼、カツ丼、カツカレー。おかずだけのカツ皿もあった。
どこかのチェーン店のように食券を買うシステムだが、中身は違った。
 
カツ丼を食べた。
ご飯の上に卵はなく、カツだけが乗っているソースカツ丼のようなシンプルなものだが、その味といい、肉の厚さといい、本格的。
自宅では、揚げ料理は一切作らないが、昔、母が作ってくれたトンカツの味に似ていて嬉しかった。
 

 
きょうは、朝から快晴だったので、午前中、4月23日付けの「マチベンの日々」で書いた京都一周トレイル東山コースの残りのうち、蹴上(けあげ)から大文字山山頂に行き、そこから哲学の道まで下山し銀閣寺に至るコースを歩いた。
 
今回の出発は蹴上から。
日向大神宮の境内を過ぎて更に進むと、すぐに急登になる。でも、それは少しだけ。
あとは尾根道のアップダウン。
木々に遮られてあまり景色は見えないが、時々、右側に山科の街並みが木々の間から見え隠れする。
「京都一周トレイル」の案内標を確認しながら、ひたすら大文字山方面に進む。
 
大文字山山頂(466m)には、山科や銀閣寺方面からも何人もの登山者が入れ替わり登ってきていた。
山頂で、偶然、知人に出会う。
 
山頂で軽食をとった後、今回は、京都一周トレイルを歩くのが目的だったので、火床の方には下りず、四つ辻まで戻り、鹿ヶ谷方面に下山した。
 
この下山道は初めてだったが、山道を感じさせる道(要するにあまり整備されていない)で、偶然、E弁護士とすれ違った。
下山すると、霊鑑寺脇に出、そこから安楽寺、法然院、哲学の道を経て、銀閣寺の参道に到達した。
 
さあ、次は、東山コースの最後、銀閣寺から比叡山だ!
 

5月21日の金環日食

 
最近、テレビや新聞では、5月21日の金環日食の話題で盛り上がっている。
京都や滋賀では282年ぶりとのこと。
 
4月25日から5月20日まで、京大の総合博物館では、5月21日の金環日食にあわせた企画展「京大日食展ーコロナ百万度を越えて」が開催されており、先日、行ってみた。
 
展示内容は、古代の日食にまつわる伝説、江戸期に日本独自の暦を作り日食を正確に予測した天文学者渋川春海のこと、京大日食観測隊が世界の日食観測に出かけた時の映像など、400円の入場料で十分楽しめる。
それに解説員の方による解説もあって、わかりやすい。
 
5月21日月曜、京都市内の金環日食は、午前7時半から、らしい。
日食メガネも買ってしまった。
晴れてほしい。

北アルプスの春山遭難

 
GW中の北アルプスでの10人もの遭難は衝撃的だった。
大半が中高年の登山者だったこと。皆、数十年の登山経験者であったこと・・・
雪山のアルプスと中高年の登山者という関係は、私の頭の中ではおよそ結びつかないが、
それだけ登山が雪山でも身近になったということだろうか。
しかし、裏返せば、「危険」もやはり身近になってしまったということだ。
 
山での遭難事故がニュースになるたび、いつも知人らから「村松さんじゃないかと心配した」と言われる。
今回も2人の知人から同じことを言われた。心配してもらって有り難い。
 
今回の事故が起こった5月4日、私は富士山近郊の山「三ツ峠山」(1786m)を登っていた。
朝は晴れていたが、昼頃から突然雨が降り出し、尾根を歩いている時は、雨の中にヒョウも混じって降ってきた。
でも、それほど高い山ではないので、傘をさしながら下山し、下山した頃には、また太陽が顔を出していた。
1500m位の山でも、かように天候は急変する。
 
アルプスは3000m級の山々。
GW中のアルプスは、春とは言え、まだ冬山である。
晴れた日に雪の中の歩くのはものすごく快適だが、いったん天候が崩れると吹雪となる。
 
皆、おそらく元気な中高年だっただろうに・・・残念でならない。
ご冥福を祈る。

100歳の日野原重明医師と5月3日

 
100歳の日野原重明医師は、毎週土曜、朝日新聞別刷「be」に連載執筆されている。
2012年4月28日の記事より。
 
5月3日は「数ある祝日の中でも、この日は特に大切なものとして、心に留め置くべきだと私は思っています」
「日本国憲法が大戦の深い反省に基づき、平和主義を基本理念として戦争放棄を宣言していることは、世界史上でも画期的なこと」
日野原さんの自説「10年間という猶予期間をもうけ、米軍基地を国外に移し、移転費用は日本政府が持つというもの」
「基地跡地は平和の象徴、日本の楽園として整備していく」
「自衛隊は世界各国の災害地域にいち早く駆けつけて救助活動を行う部隊と位置づけます」
「このように日本の独自姿勢を明確に打ち出せば、世界での存在感は増すでしょう」
「カントはいかなる場合でも戦争を認めない『非戦』の精神を提唱しています。日本がこれから歩むべき道のヒントは、この『非戦』にあるのではないでしょうか。」
 
新憲法制定議員同盟(会長:中曽根元首相)が5月1日「東日本大震災からの復興の遅れの根本原因は現行憲法にある」と言ったり、自民党が、4月27日、憲法9条に集団自衛権の行使を認める内容も含んだ憲法改正草案を発表したりと、国家主義的な動きも目立つ。
 
これらと比べると、日野原医師の訴えは、なんて希望や夢に満ちているんだろうと感動します。
 
 
 
 

沢田研二 脱原発を歌う

 
ザ・タイガース時代、それに続くソロ活動全盛時代、ジュリーこと沢田研二のフアンになったことは1度もなかった。
でも、今は、すごく気になる存在。
 
ジュリーは、還暦を迎えた時、憲法9条を守ろうとの思いを込めた「我が窮状」を発表した(2010年11月11日付け「マチベンの日々」)。
 
そして、今年3月11日発売になったCD「3月8日の雲」は4曲すべてが東日本大震災がテーマで、すべてジュリーの作詞。
その中の「F.A.P.P」(フクシマ・アトミック・パワー・プラント)は脱原発の歌。
 
ジュリーは語る「9条も含めて、売れている頃は、そういうことは考えないようにしていました」「でも、こんな年齢になったら、ちゃんと言っていかないと恥ずかしいよね。」(2012年3月8日付け毎日新聞)
 
若い頃より太ったけど、やっぱりジュリーはカッコいい。
 
(7月のコンサートのチケットが取れた。楽しみ!)

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